菊池雄星があえて<野球経験ゼロの経営コンサルタント>と契約した理由。「シーズンオフの日には極力球団の人とは会わず…」
03/19 06:30
婦人公論.jp

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【写真】菊池雄星「僕は『菊池雄星という一つの会社』の社長という立場に自分を置き換えて、彼の言葉に耳を傾けていきました」
他分野のプロフェッショナルから学ぶ。
僕の周りには、食事や睡眠、トレーニング、ピッチング、動作解析など、各分野の専門家がいて、それぞれの専門性を活かして僕を支えてくれています。また、多くのアスリートがそうであるように、僕も長い間メンタルコーチをつけていました。
しかし、スポーツの現場を数多く見ているコーチであればあるほど、どうしても先入観というものが生まれてしまうのです。たとえば、「今年は150キロを投げられたから、来年は152キロを目指しましょう」といった会話が、ごく当たり前のように交わされていました。
メジャーリーグでの1年目を終えたとき、僕はそのレベルの高さを痛感しました。このままの取り組み方では、この世界では生き残れない。そう強く感じた僕は、メンタルコーチではなく、プロの経営コンサルタントと契約することに決めました。彼は野球経験が一度もなく、当然ながらアスリートを指導した経験もありません。普段は企業の社長たちに、経営やリーダーシップについて教えているような人でした。
「ぜひ一度、話を聞いてもらいたい」と僕が伝えたとき、彼は「スポーツの経験はないのですが、本当にいいんですか?」と少し戸惑っていました。僕は間髪を容れずに「だからお願いしたいのです」と答えました。
「編集マン」としての役割
テレビの世界には、現場で撮ってきた映像を編集する「編集マン」という担当がいます。彼らは撮影現場には行きません。理由はさまざまありますが、「情が入るから」というのが理由の一つだと言われています。現場に行ってしまうと、何時間もかけて撮ったシーンや、取材交渉が大変だったシーンなどは、たとえ出来がイマイチでも「せっかくだから使いたい」と思ってしまいます。つまり、良い番組をつくることが目標なのに、自分たちの感情が入り、冷静な判断ができなくなるのです。そのため、編集マンは現場には行かずに、是々非々で映像を判断します。
実際に、僕と常に練習を共にするトレーナーや通訳とだけで話をしていると、「この練習をしてきたから」という感情が生まれてしまうため、そこで第三者の意見をもらうことはバランスを保つうえで欠かせません。彼には「編集マン」としての役割を期待しました。

実際に初めて会って話をする中で、僕は自分の現状を「マックスが159キロなので、平均球速は148キロくらいです」と説明したところ、彼は、少し不思議そうな顔で「159キロを1球投げられるということは、100球投げられるんじゃないですか?」と言ったのです。
もちろん彼も、本気でそう思っていたわけではないでしょう。彼が疑問に思ったのは「なぜ平均が148キロだと決めつけているのか?」という、僕の中にあった無意識の前提でした。そう言われてみれば、たしかに僕は「最大球速から10キロ前後マイナスしたあたりが平均球速になるものだ」と何の疑いもなく思い込んでいました。この最初の一言だけでも、僕の凝り固まった認識を溶かすには十分すぎるほどのインパクトがありました。思い込みを外しただけで球速が劇的に上がったわけではありませんが、思考の枠組みが変わった結果、僕の平均球速は現在154キロまで向上しています。
彼との対話は、僕に多くの気づきを与えてくれました。以前の僕は、夢は宣言したほうがいいと信じていました。しかし彼は「会社が外部に自社の目標を宣言することはほとんどありません。むしろ宣言すると『無理だ』と言う人が出てきたり、妨害する人も出てくるので言わないほうがいいケースが多いのです」と、ビジネスの世界の話を教えてくれました。この言葉を聞いて、僕は自分の考えを改めました。
また、目標設定が「一丁目一番地」で最も大切なことだとは理解していましたが、それに加えて、ビジネスで言うところのKPI(重要業績評価指標)を常に意識することの重要性を学びました。KPIが曖昧な会社は必ず衰退してしまうという話を聞きながら、僕は「菊池雄星という一つの会社」の社長という立場に自分を置き換えて、彼の言葉に耳を傾けていきました。
違う世界に触れる大切さ
アスリートの世界は、意識的に外部との接点を持たないと、本当に狭い人間関係で完結してしまいます。プロ野球の場合、キャンプインする2月から、秋季キャンプなどの球団行事が終わる11月末までの10カ月間、ほとんど毎日、同じチームメイト、同じ球団スタッフと野球という「共通言語」のみを使って会話をします。
だからこそ僕は、シーズン中のオフの日には極力、球団の人とは会わず、他の分野の方々とミーティングをしたり、サッカーや格闘技などの他のスポーツを観戦したり、ミュージシャンのライブに行ったりして、違う世界に触れることをずっと心がけてきました。
もちろん、人付き合いが増えると、その分リスクや余計なノイズも増えるため、メリットばかりではありません。しかし、まるで無菌室に入るかのように外部との交流を断ち、近寄ってくる人をすべて遠ざけてしまえば、豊かな人間関係の構築や、外の世界から得られる学びは著しく限定されてしまう。リスクを回避しているようで、実は「無知はリスク」という側面も同時に生まれるのです。
僕自身、若い頃に人付き合いで痛い思いをしてこなかったわけではありません。人付き合いが多くなって、野球とのバランスが取れなくなっていた時期も、今振り返ればあったように思います。しかし、それらの経験もすべて、今となっては本当に大切なものを見極めるための必要なプロセスだったと感じていますし、その頃に出会った数名の方々とは、今でも非常に濃い関係を築いています。
「野球は野球でうまくなる」と思い込みすぎている
僕は寿司を食べ歩くのが日本に帰国しているときの楽しみなのですが、カウンターで職人さんたちと話していると、彼らの多くがイタリアンやフレンチなど、他国の料理からインスピレーションを受けて、自分だけのオリジナルな寿司を考案していることに気づかされます。僕の恩師である花巻東高校の佐々木洋監督も、僕が在学中、休みがあるとよく東京に出ては名だたる経営者から組織づくりの極意を学んでいました。
我々は、「野球は野球でうまくなる」と思い込みすぎているのかもしれません。
野球という世界を少し俯瞰して見つめ直したり、野球に対して全く先入観がない立場の人と出会ったりすることが、時として思いがけないブレイクスルーを生んでくれる気がします。
※本稿は、『こうやって、僕は戦い続けてきた。 「理想の自分」に近づくための77の習慣』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。