<人と話すのがしんどい><たわいもない会話でグッタリ>その背景に過去のトラウマやストレス体験が。専門家「危険が去った今でも神経系が『まだ終わっていない』と判断し…」
03/19 12:30
婦人公論.jp

<いつも緊張して気が休まらない><人の反応を気にしすぎてしまう>…。「こうした日常の“生きづらさ”の背景には、子ども時代や過去の経験で受けた心の傷=かくれトラウマが影を落としているのかも」と指摘するのは、トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表で、公認心理師の井上陽平さん。今回は井上さんの著書『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』から一部を抜粋し、過去のトラウマからちょっとした会話でも疲れ果ててしまう “生きづらさ”と、心身に起こりやすい不調についてご紹介します。
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たわいもない会話でも疲れてしまう
人と話しているだけなのに、気づけば肩に力が入り、体がピンと張り詰める。「話すのがしんどい」という人のなかには、単に会話が苦手なのでなく「安心して話せる経験が少なかった」経験を持つ人が少なくありません。
これからお読みいただくのは、私が相談を受けたクライアントの “実体験”です。
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たわいもない会話をしているだけなのに、心の中ではずっと警報が鳴っている。「今の言い方、変だったかな」「ちょっと相手の表情が曇った気がする」「私、何かまずいこと言った? もう嫌われたかも……」。
そんな考えが次から次へと浮かんできて、一言話すにも頭の中はフル回転。まるで試験を受けているみたいに、正解を探して、間違ってないかを確認し続けている。ちゃんとできているか、自分の言葉が相手にどう届いているか、ずっと不安でたまらない。
無意識に相手の表情や声のトーンを読み取ろうとして、顔色ばかり見てしまう。
ちょっとした沈黙も、「今の間、気まずかった? もしかしてつまらなかったかな?」って、一人でぐるぐる考えてしまう。言葉の裏まで深読みして、勝手に疲れて、勝手に落ち込んでいる。
だから会話が終わると、どっと疲れる。家に帰ったとたん、張り詰めていたものが一気にほどけて、ソファに倒れ込んで動けなくなることもある。「こんなことでいちいち疲れるなんて、私おかしいのかな」と、自分を責めたくなるときもある。
ずっと緊張して、相手に合わせることに必死で、心からリラックスして言葉を交わせる場が、ほとんどなかったような気がする。本当は、何も考えずに自然に笑ったり、くだらないことで盛り上がったり、黙っていても気まずくならなかったりする、そんな関係がほしい。相手にどう思われるかを気にせずに、ただ「ここにいていい」と思える空気の中で過ごしたい。けれど、そういう安心がどこにあるのか、まだわからない。
だから今日もまた「ちゃんとしなきゃ」と自分を追い立てながら、無理して人と接している。ほんの少しでも、安心できる場所や人に出会えたなら、こんなふうに疲れ果てる毎日は、少しずつ変わっていくのかな。
心の傷がもたらす「過緊張」とは?
ご紹介したケースのように、他者との会話がしんどすぎてたまらない人に起こりやすい症状のひとつとして「過緊張」があります。みなさんにも、心当たりはないでしょうか。

過緊張の状態にある人は、「普通に過ごしている」ように見えるかもしれません。仕事もしているし、会話もできる。笑顔もある。けれど、その内側では常に気を張り詰めて、見えない危険に備えるように過ごしています。
安心しているはずの場面でも、なぜか落ち着かない。本当はリラックスできるはずの時間でも、心も体も休まらない。人前に立つと手足が冷たくなり、声が震える。ちょっとした物音にドキッとしたり、予定の変化に混乱したりしてしまうことも。
その背景には、過去のトラウマやストレス体験があります。危険がすでに去った今でも、神経系が「まだ終わっていない」と誤って判断し、交感神経がフル稼働してしまう。その結果、呼吸は浅くなり、筋肉は常にこわばり、些細な刺激にも過敏に反応してしまうようになるのです。
そんな状態が続くと、慢性的な疲労感や睡眠の質の低下、消化器の不調など、体のあちこちに症状が現れることがあります。自分では「なんとなく不調」と感じていても、気づかないうちに心と体が限界に近づいていることもあるのです。
「安心することが怖い」というトラウマ
特に苦しいのは、「安心することすら怖い」と感じてしまうこと。
過去に「逃げられなかった」「助けを呼べなかった」経験があると、体は〝安心=油断=再び傷つく〟という記憶を刻み、ゆるむこと自体が恐怖になります。こうした過緊張は、心身を「凍りつかせる」防衛反応でもあります。
この緊張は、弱さではありません。それは、かつて、どうにか生き抜くために、あなた自身が身につけた〝命を守る知恵〟です。だから、無理にほどこうとしなくて大丈夫。「ここに緊張があるんだな」と、まず気づいてあげることからはじめてみてください。
つまり、人と接するときに感じる緊張や不安は、あなたの神経が「まだ安全とは言いきれない」と判断しているだけ。それは体の自然な防御反応であって、おかしいことではありません。
まずは、「私には、まだ安心できる場所が少ないだけなんだ」と、今の自分をそのまま認めてあげてください。そして、少しずつでも、「この人の前なら、ちょっと力を抜けるかもしれない」と感じられる相手や場を増やしていきましょう。
くれぐれも心を無理に変えようとせず
安心できない体験を何度も経験すると、人は警戒モードのまま人と接するようになります。
そして、その状態が続けば、会話のあとにぐったりと疲れてしまうのも当然のこと。それだけ、心と神経がずっと頑張り続けているのです。
先述した通り「私には、まだ安心できる場所が少ないだけなんだ」と認識することで、自然と肩の力が抜けていく自分に気づくはずです。
あなたの心は今までも頑張ってきました。
くれぐれも無理に変えようとせず、そのまま大切にしてあげてください。
※本稿は、『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。