伊勢物語は和歌が生んだ平安の恋物語。日本美術や能への影響をわかりやすく解説
03/10 07:00
平安時代に誕生した『伊勢物語』は、日本最古の歌物語として知られ、単なる古典文学の枠を超えて、後世の日本美術や伝統芸能に計り知れない影響を与えてきました。
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本記事では、伊勢物語の概要を解説するとともに、美術品や能の演目との深いつながりを紐解いていきます。
伊勢物語とは

伊勢物語とは、平安時代初期(10世紀頃)に成立した日本最古の歌物語です。歌物語とは、和歌を中心とし、その歌が詠まれた背景や物語を短い文章で綴る形式を指します。
全125段からなる短編連作の形式をとっており、一人の「男」の元服から死没までの生涯を、数々の恋愛や旅のエピソードとともに描き出しています。
同じ平安文学の最高峰である『源氏物語』と比較されることも多くありますが、『伊勢物語』は和歌を主役とした短編連作であり、『源氏物語』は一貫した長いストーリーを持つ長編物語です。
なお、『源氏物語』の「絵合」や「総角」の巻には、登場人物たちが伊勢物語の絵を鑑賞する場面が描かれており、当時の貴族にとって必須の教養であったことが窺えます。
伊勢物語の成立
『伊勢物語』の成立は平安時代ですが、具体的な年代は未詳です。主人公のモデルとされる在原業平は実在した人物ですが、作者不詳とされており、さまざまな説が唱えられています。
題名に「伊勢」とある理由は、第69段「狩の使」で描かれる、伊勢神宮に仕える未婚の皇女・伊勢斎宮(いせのさいぐう)との恋物語と関連性があると指摘されていますが、諸説あります。なお、伊勢物語は『在五が物語』や『在五中将日記』といった別名でも呼ばれます。「在五」とは在原氏の五男である業平の愛称です。
伊勢物語の主人公

伊勢物語の主人公は、全編を通して「男」とだけ記されています。しかし、主に記されている内容から平安時代の貴公子・在原業平がモデルと考えられています。
在原業平は、父に平城天皇の皇子である阿保親王、母に桓武天皇の皇女である伊都内親王を持つ人物です。しかし、高貴な血筋でありながら、政権の中枢からは外れた位置にいました。六歌仙の一人として類まれなる和歌の才能に恵まれ、美男子だったともいわれています。
伊勢物語のあらすじ
『伊勢物語』は男の一生を綴る全125段の物語で、恋や友情、別離が描かれています。
特徴として挙げられるのが、業平が体現する「色好み(いろごのみ)」という価値観です。これは単なる浮気性という意味ではなく、和歌や情愛を通じて人間の機微を深く解する、知性と感性を兼ね備えた「風流人」としての理想像を指しています。
伊勢物語の有名なエピソード
『伊勢物語』の中で、特に有名な段をご紹介します。
東下り(あずまくだり)

第9段「東下り」は、都での生活に居づらさを感じた男が、友人と共に東国へ旅立つ場面です。
複雑に架けられた八橋(やつはし)のほとりに咲くカキツバタを見て、「かきつばた」の5文字を句の頭に置いて、都の妻を想う和歌を詠む場面は特に有名です。
筒井筒(つついづつ)
第23段「筒井筒」は、井戸のまわりで背比べをしていた幼馴染の男女が、成長して結ばれる物語です。すれ違いを乗り越え、互いを思いやる和歌を贈り合う姿は、日本の恋愛文学の原点とも言えます。
芥川(あくたがわ)

第6段「芥川」は、身分の高い女性を盗み出すものの、途中で雷雨に見舞われ、鬼に女性を連れ去られてしまう悲恋の物語です。
男が女を背負って夜中に駆け落ちするドラマティックな描写は、日本画や浮世絵でもよく題材として描かれました。国語の教科書にも掲載されている有名な段です。
伊勢物語と日本美術

『伊勢物語』は、平安時代から現代に至るまで、日本美術の源泉の一つであり続けています。中でも江戸時代の絵師・尾形光琳は、『伊勢物語』の「東下り」に登場するカキツバタや八橋を、《燕子花図屏風》や《八橋蒔絵螺鈿硯箱》などの美術品のモチーフとしました。
久保惣記念美術館所蔵の《伊勢物語絵巻》は国の重要文化財に指定され、数々の優れた写本や古筆切が現存しています。江戸時代には挿絵入りの版本が出版され、庶民にも物語が広く知られるようになりました。
伊勢物語と能

日本の伝統芸能である能においても、『伊勢物語』は極めて重要な題材です。能には、業平の魂や物語の情景をテーマにした能の演目が数多く存在します。
中でも『井筒(いづつ)』は名作として名高く、筒井筒の女の霊が業平の形見の直衣を身につけて舞い、亡き夫を偲びます。
さらに『杜若』『隅田川』『雲林院』『小塩』など、多くの作品が残されています。能における業平は単なる過去の人物ではなく、風流を司る「歌の聖」のような存在として、美しくも哀切に描かれることが特徴的です。
伊勢物語の雅をアートや能でも楽しもう
『伊勢物語』は千年以上も前の物語でありながら、そこに描かれる恋の悩みや、旅先でふと感じる孤独は、現代の私たちにも共感できるものです。また、物語の魅力は文章そのものだけでなく、それが形を変えて美術や能の中に生き続けている点にあります。
美術館や能楽堂で『伊勢物語』にまつわるアートや能を鑑賞するときは、その背景となる物語の調べを感じてみてください。
