「やっぱり、この名前を待っていた」――ホンダの名車「インサイト」復活、EV限定3000台、逆境こそ進化の原動力となるか

ホンダ・インサイト復活

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

 ホンダは2026年3月5日、中国で生産した電気自動車(EV)を日本に輸入し、「INSIGHT(インサイト)」として復活させると発表した。ウェブサイトで新型インサイトの情報を公開し、本日3月19日から先行予約を受け付ける。販売台数は限定3000台の見通しである。

 初代ホンダ・インサイトは1999(平成11)年に発売され、ホンダ初の量産ハイブリッド車(HV)として注目を集めた。その後3世代にわたり生産・販売され、今回の4代目はEVとして生まれ変わる。海外生産のEVを日本で販売する事例は、スズキのインド製「eビターラ」があるが、中国からの輸入は新型インサイトが初となる。

 発表のわずか1週間後、ホンダは北米で計画していたEV3車種の開発・発売を中止し、最大2.5兆円の損失を見込むと公表した。この巨額減損は、過去の計画で積み上げた負債を一度に清算し、経営を立て直す決断といえる。

 新型インサイトの輸入販売を先行発表した背景には、北米での理想追求から一歩退き、既存の資産を実利的に活用する姿勢がある。かつてハイブリッド市場を切り拓いたブランド名を再び用いることで、消費者の新技術への心理的抵抗を和らげ、従来の価値を次世代へつなぐ狙いもある。

ホンダ・新型インサイトの概要

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

 ホンダは、中国で立ち上げたEV専用ブランド「e:N(イーエヌ)」の車両を日本仕様に改め、新型インサイトとして販売する。ボディはクロスオーバースポーツタイプ多目的車(SUV)を採用した。これは、かつて特定層向けだったホンダeの開発姿勢から、より広い市場の需要に応える方向へかじを切ったことを示している。

 外観はシャープで伸びやか。力強い動きを感じさせる造形で、存在感を演出している。モーターの最大トルクは310N・m(31.6kgf・m)、航続距離は500km以上(WLTCモード)で、日産・リーフB5やスズキ・eビターラと肩を並べる水準に整えた。突出した性能よりも、日常の使い勝手に安心感を持たせることを優先している。

 初代インサイトは、トヨタ・プリウスとともにHVの黎明期を支えたモデルとして知られる。すでに親しまれている名称を再び使うことで、国内で浸透途上のEVへの抵抗感を減らす効果がある。知名度のあるブランドを活用すれば、新たな顧客層を呼び込む費用も抑えられ、信頼を土台とした市場参入が可能になるだろう。

中国で苦戦するEVシリーズ

ホンダ・イエS7、イエGT CONCEPT、イエP7(画像:本田技研工業)

ホンダ・イエS7、イエGT CONCEPT、イエP7(画像:本田技研工業)

 ホンダが中国で展開するEV専用ブランドには、イーエヌのほか、2024年に導入した「●(※火へんに華)(イエ)」もある。イーエヌは「心動 未体験EV」をコンセプトに、乗る人の心を揺さぶる新しい価値を取り入れている。一方のイエは、次世代EVの象徴として新たなHマークを採用した。これは、エンジン車を主軸としてきた歴史を超え、ソフトウェアを中心に据える企業へと変わる決意を示している。

 ホンダは、2027年までにイーエヌとイエで計10車種を投入する計画だ。現時点ではイーエヌ4車種とイエ1車種の計5車種にとどまり、残り5車種の投入が計画通りに進むかは不透明である。背景には、中国でのEV販売の不振がある。ホンダの2025年中国販売台数は前年比24.3%減の約65万台で、トヨタや日産と比べて後れを取った。EV販売は1.8万台にとどまり、ピークだった2023年から2割ほど落ち込んだ。

 中国市場では現地メーカーの台頭が著しく、外資メーカーのシェアは伸び悩んでいる。しかし、この過酷な市場で培った経験は、現地の部品供給網や効率的な開発手法を日本で活用する際に力を発揮する。ホンダは現在の苦境を、中国発の資産を国内に移して競争力を高める機会ととらえている。

中国EV工場の稼働低迷

東風ホンダ新エネルギー車工場(画像:本田技研工業)

東風ホンダ新エネルギー車工場(画像:本田技研工業)

 ホンダと東風汽車集団の合弁会社、東風本田汽車有限公司は、湖北省武漢市の工場内に約40億元(約860億円)を投じ、2024年からEV専用工場を稼働させた。イーエヌシリーズのe:NS1やe:NS2、イエS7を生産しており、年間生産能力は12万台に達する。

 しかし、EV販売の停滞で稼働率は2割に届かず、多額の固定費が重くのしかかる状況が続いている。これまでタイやマレーシアなどの東南アジア向けに右ハンドル車を輸出してきたが、販売は年間数百台にとどまった。

 今回、日本市場への導入に踏み切ったのは、余剰設備を活用して損失を抑える狙いがある。限定3000台の規模では稼働率への影響は限定的だが、中国拠点を日本向け供給源として組み込む意味は大きい。

 これは単に車を運ぶだけでなく、中国で培った安価な部品供給網を日本に取り入れる道筋を作る動きでもある。今回の導入次第では、通常ラインナップへの採用を判断するための材料も得られるだろう。

限定販売の狙い

ホンダ・0シリーズ(画像:本田技研工業)

ホンダ・0シリーズ(画像:本田技研工業)

 ホンダの国内販売では、軽自動車が4割超を占めており、EVも軽を優先してきた。現在販売中のEVは「N-ONE e:」と「N-VAN e:」の2車種にとどまる。かつての乗用EV「ホンダe」は、航続距離が259kmと実用面で制約があるうえ、495万円という価格も重なり、累計販売は2千台に届かず、2024年1月に販売を終了した。

 新型インサイトを限定3000台としたのは、販売店が新しい業務に慣れる猶予を設け、現場の混乱を避ける狙いがある。関東のショッピングモールやホンダカーズ10店舗で特別展示を行うのは、消費者の関心を高めるだけでなく、販売スタッフが新しい説明技術を身につける場にもなる。これは2027年の「アフィーラ1」など、将来の本格展開を円滑に進める布石である。

 車を売って終わりにするのではなく、通信による機能追加や継続課金といった新しい収益モデルを定着させるには、現場での経験が欠かせない。3000台という規模は、経営上の不測の事態を避けつつ、将来に必要な運営能力を高めるための数字といえる。

国内市場投入の号砲

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

ホンダ・新型インサイト(画像:本田技研工業)

 ホンダが新型インサイトを国内市場に投入する2026年春は、市場環境の好転と重なっている。2026年2月の国内EV販売は7790台に達し、前年比で

「77%増」

と大幅に伸びた。トヨタ・bZ4Xや日産・リーフB7が需要を刺激し、3月以降には日産・リーフB5やスズキ・eエブリイも発売される。

 各社の新型EV登場で選択肢は広がるが、限定3000台という規模は控えめに見える。その背景には、中国事業の立て直しや国内市場での実地検証といった重要な狙いがある。

 市場は車両の基本性能を競う時代から、ソフトウェアが価値を決める「つながる車」の時代へと移った。2.5兆円という巨額の損失見通しは、従来の製造体制に見切りをつけ、新しい収益モデルへ移行するための痛みをともなう決断の結果である。

 新型インサイトは、実際の走行データや利用動向を収集し、次世代開発に活かす情報源として機能する。この一台から得られる知見こそが、ホンダが新しい時代へ歩み出すための確かな土台となる。

新たなEV時代への挑戦

名車のEV復活と再起戦略。

名車のEV復活と再起戦略。

 ホンダが示した2.5兆円という巨額の損失見通しは、これまでの成功に区切りを付け、新しい道へ進む決意を示すものだ。新型インサイトを限定3000台で投入する試みは、台数を競う従来の仕組みから、走行データやサービスの価値を重視する形への転換点となる。中国製の車両を輸入し、かつての名車を復活させる判断は、厳しい現実を見据えた合理的な選択である。

 これからは車を作る力だけでなく、通信やソフトウェアを収益に結びつける能力が企業の命運を左右する。インサイトが路上で集める生きた情報は、次世代開発に欠かせない資産になる。この挑戦の積み重ねこそが、ホンダという企業の底力を証明することになる。

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