「水も電気も足りません」 インドの自動車製造を阻むインフラの衝撃! 19.4%が失われる送電網の欠陥とは

水資源確保の制約

2025年12月21日、インド・ベンガルールで開催された『ベンガルール・コミコン2025』にて展示された、マルチ・スズキのモデル『ビクトリス(Victoris)』(画像:AFP=時事)

2025年12月21日、インド・ベンガルールで開催された『ベンガルール・コミコン2025』にて展示された、マルチ・スズキのモデル『ビクトリス(Victoris)』(画像:AFP=時事)

 今、世界中がインドに注目している。日本ではスズキのインド工場がよく話題に上るが、シュコダなどの欧州メーカーも業績を伸ばしている。BMWのIT拠点のように、IT人材の供給源としても期待され、欧州連合(EU)やロシアで不足する人材の確保先としての役割も大きい。こうしてインドの存在感は増している。しかし、人口世界一の国の内部事情はまだあまり知られていない。果たしてインドは自動車産業にとって本当に魅力ある市場なのか。本短期連載「インドは自動車産業にとって桃源郷となり得るのか」では、自動車産業を軸に現地の歴史や現状を整理し、市場規模や成長の余地を確認しながら、直面する課題や有効な戦略を示していく。

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 第4回は最終回として、インドや自動車メーカーが直面する課題と今後の方向性を整理する。高度経済成長を支える要素は、水・エネルギー・人材である。水と電力を確保できなければ、自動車の生産は成り立たない。ここではトヨタ自動車の環境データ(2024年)をもとに、自動車産業に必要な資源を確認する。

 水は取水量(グローバル)が3560万立方メートルで、車両1台あたり4.08立方メートル。エネルギーは消費量が73.0ペタジュールで、車両1台あたり8.38ギガジュールとなっている。

 自動車産業の拡大は、水資源の確保という課題に直結する。地下水への依存が過度になれば、水位の低下や地盤沈下を招くため、安定的な確保に向けた対応が必要になる。工場の稼働にはエネルギーも欠かせない。トヨタの例では、エネルギーの内訳はおよそ3割が電力、5割がガスと再生可能エネルギーで構成されている。インドでは構成が異なる可能性はあるが、電力の重要性は変わらない。

 さらに、人材の質も重要な要素となる。工場やIT分野で人を生かすには教育が前提となる。インドは世界最大の人口を抱えるが、産業にとって問われるのは人数ではなく人材の質である。インドが自動車産業にとって有望な拠点となるかどうか、その条件を具体的に見ていく。

地下水枯渇と需要増

インド(画像:Pexels)

インド(画像:Pexels)

 水不足はインドの成長を制約する要因となっている。2024年のロイターによると、インド国民ひとり当たりが利用できる水量は年間約1486tだが、2031年には1367tまで減少する見通しだ。ひとり当たり1700t未満は水がひっ迫した状態とされるが、インドは2011年の時点ですでにこの水準を下回っていた。

 インドの気候は乾季と雨季の差が大きく、水資源は雨季の降水に大きく依存している。しかし近年は降水量の減少に加え、地下水の枯渇も進んでいる。都市化や経済活動の拡大が需要を押し上げ、水不足をさらに深刻にしている。

 生活用水の確保にも課題を抱えるなかで、自動車産業が必要な水をどこまで確保できるかが問われる。貯水池や上下水道の整備、水の再利用の導入といった行政の対応に加え、自動車メーカー側の水管理も欠かせない。こうした対応が進まなければ、自動車産業の安定した成長は見込みにくい。

配電部門に残る課題

インド(画像:Pexels)

インド(画像:Pexels)

 インドでは、電力供給の不安定さが海外企業の進出を妨げてきた。2014年に発足したモディ政権による電力改革は成果を上げ、需給ギャップはほぼ解消している。一方で、電力分野には課題が残る。焦点は送配電網の整備と制度にある。インドでは発電と配電がわかれており、特に配電部門の問題が大きい。

 総合損失率(AT&Cロス)は2023年に19.4%まで低下したが、日本の5%未満と比べると依然として高水準だ。送配電インフラの弱さによる損失に加え、料金未回収や盗電も残っている。さらに、大口需要家への自家発電の義務付けや、工業・商業向けと家庭・農業向けの料金差といった制度面の課題もあり、配電会社によるインフラ改善が追いついていない。

 農業向け電力の優遇は地下水の過剰な汲み上げを招き、水不足を悪化させる一因にもなっている。工業化や近代化には送電網の整備が欠かせないが、世界的な送電線需要の高まりが整備の遅れにつながっている。発電容量は確保されているものの、工場誘致や今後のEV普及を見据えると、送配電インフラと制度の改善が急がれる。電力が成長の制約となる可能性もある。自動車メーカーは工場立地の際、各州の制度や送電状況を踏まえ、エネルギーの組み合わせを検討する必要がある。

教育改革と進学率引き上げ

トヨタ・キルロスカ・モーターのウェブサイト(画像:トヨタ・キルロスカ・モーター)

トヨタ・キルロスカ・モーターのウェブサイト(画像:トヨタ・キルロスカ・モーター)

 人的資本の質を高めるには、教育の充実が欠かせない。インド政府は4年ぶりに教育制度を見直し、国家教育施策2020を策定した。この政策では、高等教育の進学率を2018年時点の25%未満から、2030年までに50%へ引き上げる目標を掲げている。質の底上げを進め、それを経済成長につなげるには、初等・中等教育の充実が前提となる。教育制度も、従来の10+2の12年制から、5+3+3+4の15年制へと変更された。

 一方で課題は制度そのものよりも、就学率の低さにある。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2019年時点で初等教育は就学率約90%・中退率3%、中等教育は就学率約80%・中退率10%だった。初等・中等教育を受けられない背景には、学校や教員の不足に加え、貧困によって子どもが働かざるを得ない事情、カースト制度などの社会的要因がある。さらに、小学校にトイレがないことも就学を妨げる要因となっている。

 トヨタの合弁会社であるトヨタ・キルロスカ・モーターは、トヨタABCDプログラムを通じて小学校へのトイレ設置を進めてきた。初等・中等教育の改善は短期間で成果が出るものではなく、20年、30年といった時間をかけて効果が表れる。この点で、インドは人的資本の質の向上に取り組み始めた段階にある。国や地方自治体による教育改革の継続と、企業による取り組みの積み重ねが、今後の人材の質を左右する。

巨大市場と基盤の格差

インド自動車産業 成長の課題。

インド自動車産業 成長の課題。

 インドは自動車産業にとって大きな成長余地を持つ国である。国内総生産(GDP)は日本を上回り世界第4位となる見通しで、自動車市場も世界第3位の規模に達している。こうした数字から見れば巨大市場であることは確かだが、水・エネルギー・人材の面では先進国との間になお差がある。インドの力を引き出すには、これらの課題への対応が不可欠であり、その多くは政治や制度が絡み、解決には時間を要する。

 一方で、インドでは富裕層と中間所得層が人口の約40%を占めるとされる。人数に換算すると約5.6億人に達し、短期的な市場として見れば自動車メーカーにとって十分に魅力がある。ただし、この規模だけでは潜在力を十分に生かしたとはいい難い。持続的な成長と産業基盤の強化を実現するには、水・エネルギー・人材の課題に同時に向き合い、市場と生産拠点の両面を育てていく姿勢が求められる。

 日本もこれまで政府開発援助(ODA)を通じて支援を続けてきた。その結果、インドは2003年以降、日本にとって最大の援助対象国となり、日本はインドにとって最大のドナーとなっている。ただし支援の中身を見ると、高速鉄道や道路整備の比重が大きい。使途の決定には制約があるものの、水・エネルギー・人材の底上げにつながる支援の余地は残されている。いずれにしても、これらの課題に対応しなければ、インドで自動車産業が安定して成長するまでの道のりは長いだろう。

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