「お客様第一」の終焉? カスハラ主犯は「50代以上の男性」――小田急電鉄が全70駅にボディカメラ導入、その理由とは

鉄道経営を揺るがす「カスハラ」への防衛投資

駅構内のイメージ(画像:写真AC)

駅構内のイメージ(画像:写真AC)

 カスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」は、いまや国が解消に乗り出すほど深刻な影を落としている。働く人を守るルールである労働施策総合推進法が変わり、会社側には被害を防ぐための手立てを講じる義務が課されるようになった。

 そもそも、切符を買って電車に乗るという行為は、法律で見れば売り手と買い手が対等な立場で結ぶ約束事に過ぎない。支払った運賃を超えた無理な注文に応じる必要など、本来はないはずだ。

 こうしたなか、鉄道各社も重い腰を上げ始めた。対策の土台にあるのは技術の進歩だ。小田急電鉄は駅員が身につけるボディカメラ、いわゆるウェアラブルカメラを全駅に持ち込んだ。警察官が装備するイメージが強いが、いまや民間企業が現場の人間を不当な攻めから守るために使う、欠かせない道具になりつつある。

 背景には、働き手が減り続けるという切実な事情がある。駅員の心と体の安全を守り抜くことは、日々の運行を止めないために避けては通れない投資だ。鉄道サービスは決して無限に湧き出すものではない。適切な決まりがあってこそ成り立つものへと、その姿を変えている。

 理不尽な振る舞いを見過ごせば、事業そのものが立ち行かなくなる恐れさえある。駅で実際に何が起きているのか。その実態を掘り下げ、各地で広がる条例制定の動きとともに考えていきたい。

小田急全駅導入、ボディカメラが可視化する「客観的真実」

小田急電鉄のプレスリリース(画像:小田急電鉄)

小田急電鉄のプレスリリース(画像:小田急電鉄)

 2026年4月16日、小田急電鉄は全70駅でボディカメラの運用を始めた。以下、その狙いを伝えるプレスリリースの抜粋だ。

「2026年4月16日(木)に、小田急線全70駅にて、駅係員の胸部に装着する小型のウェアラブルカメラを導入します。(中略)本カメラは、ホームを含む駅構内でのお客さま同士のトラブルや犯罪行為、カスタマーハラスメント等が発生した際に着用します。状況を的確に記録することで確実な情報提供や適切な判断・対応を行うとともに、録画していることの明示によりこれらの抑止効果を高めることや早期収束に寄与し、お客さまと駅係員双方がより安全に過ごせる環境の実現につなげます。当社では、暴力・暴言を含むカスタマーハラスメントの発生件数が増加傾向にあり、これらは駅係員の安全を脅かすだけでなく、周囲のお客さまへ本来提供するべきサービスの提供に支障をきたす事態にもつながると考え、サービス品質低下防止の観点からも本施策を導入します。さらに、駅構内の巡回時にも着用することとし、不審物の有無や駅設備の不具合箇所等を発見した際に状況を記録のうえ、関係各所へ正確かつ迅速に共有することで、必要な対応を速やかに行える体制を整え、駅構内のさらなる安全性向上に寄与します」

 今回の全駅展開は、法的な要請に応えるための動きでもある。サービス業の現場を歩けば、被害にあった人の15.0%が深刻な悩みを抱え、仕事を離れるといった話も耳にする。

 何が起きたのかを映像で残すことは、一方的ないい分を退け、何が正しいのかを見極める手間を省いてくれる。これまでは現場にいた人間の記憶に頼らざるを得なかったが、動かぬ証拠があれば対応にかかる時間を短くできる。本来の役割である安全な輸送に、すぐ力を戻せるようになるわけだ。

 カメラを回していると相手に知らせることは、身勝手な振る舞いを許さないという経営側の強い思いの表れだ。駅を穏やかに運営していくための土台は、こうして一歩ずつ築かれつつある。理不尽な求めに応じる義務がないことを、現場と利用者の双方が再認識する時期に来ている。

安全運行と定時性を阻害する「時間的搾取」の実態

カスハラ防止ポスターの画像(画像:JR東日本)

カスハラ防止ポスターの画像(画像:JR東日本)

 交通機関の役割は、大勢の人を目的地まで滞りなく送り届けることだ。電車の日常を支えるのは数万人という単位の乗客であり、そのなかにわずかひとりでも、理不尽な理由で駅員に激高する者がいれば、運行の歯車は狂い始める。

 ひとりの対応に駅員が縛り付けられれば、駅全体の安全を見守る目が届かなくなり、結果として列車の遅れを招くこともある。こうした事態を抑えるためにも、行為の内容を克明に記録し、実態に即した手立てを講じる必要がある。

 JR東日本が4月13日に出した、鉄道事業者共同のカスハラ防止ポスターに関するリリースがある。そのなかで目を引くのは、暴力やSNSへの晒し行為と並んで「長時間の拘束」が挙げられている点だ。民間の調べでは、加害者の顔ぶれは

「50代から60代の男性」

が目立つという傾向も出ている。この「拘束」という言葉には、客の側では親しみのつもりで行っている世間話までもが含まれ得る。ひとりの対応に時間を削られることは、他の客への目配りを妨げ、鉄道の定時性を守るための人手を奪う行為にほかならない。

 カメラが捉えた映像を使い、こうした振る舞いが社会にどれほどの損失を与えているかを世に知らしめることは、安全な輸送を維持するための現実的な防衛策となるだろう。

データが暴く「しらふのハラスメント」

鉄道係員に対する カスタマーハラスメントの発生状況(画像:国土交通省)

鉄道係員に対する カスタマーハラスメントの発生状況(画像:国土交通省)

 国土交通省が設けた「迷惑行為に関する連絡会議」の調べでは、2024年度、駅員などへのカスハラは全国で1513件にのぼった。場所で見ると

・東京:30%
・神奈川:13%、
・大阪:7%

と続き、やはり人の集まる都市部での多さが目立つ。加害者の内訳を探れば、男性が約75%を占め、

「50代から70代」

という顔ぶれに偏っていることがわかってきた。ここで見落とせないのが、酒の影響だ。数字を追うと「飲酒あり」は27%にとどまり、「不明」が42%となっている。この不明分を考慮しても、おそらく6割を超える人々は、

「しらふの状態で無理な要求を突きつけている」

ことになる。酒の勢いに任せた一時的な荒っぽさというより、利用者が心に抱く過剰な特権意識が、理不尽な振る舞いとして表に出ているのではないか。

 その一方で、体を傷つけるような暴力は全国で545件起き、その55%は酒を飲んだ上での行いだった。2012(平成24)年度には932件あった暴力の数が、12年でここまで減った事実は重い。殴る蹴るといった行為が犯罪であるという認識が広まった証だろう。しかし、直接的な拳は影を潜めても、

・しらふでの威圧的な物いい
・いつまでも続く抗議

が現場を疲弊させている。電車の遅れに対する行き過ぎた不満などは、もはや働く側への不当な攻めだと捉える空気が、社会全体で着実に広がりつつある。

夜間保守さえ脅かす「執拗な粘着行為」

駅構内のイメージ(画像:写真AC)

駅構内のイメージ(画像:写真AC)

 現場で何が起きているのか。2025年1月に国土交通省がまとめた資料には、目を疑うような事例が並んでいる。

「車内検札時、未発売の座席に着席しているお客様に特急券の確認を求めたところ、「俺が持ってたら、どうするんだよ!」と怒鳴られた。別の座席の特急券をお持ちだったので、座席の移動、変更を提案しようと思っている最中、「お前、俺が特急券持っていないと思っていただろう!死ね!二度と利用しない!」との暴言を吐かれた」

「最終列車において、降車したい駅を通り過ぎて終点の駅まで来てしまったお客さまから「どうすればいいのか、タクシー代金を調べろ」と強い口調で要求された。お調べしている間も「まだか」「遅い」「使えん奴やのー」とプレッシャーをかけられ続け、年齢や出身地、友人の有無などを聞かれ侮辱された。警察到着までの間、20分程度、同様の言動を繰り返し「駅員の態度が気に食わない」と言いはじめ、「表に出ろ」と強要されたが出なかった。警察到着後も、タクシーに乗車するまで約2時間、駅内外での大きな声を出し続けたため、駅の営業終了が大幅に遅れた」

 警察が目の前にいてもなお激高し、業務を力ずくで止めてしまう。こうした数時間に及ぶ拘束は、働く人の心を折るだけでは済まない。深夜の閉鎖作業がずれ込めば、翌朝の安全を支える点検の時間まで削られてしまう。鉄道網を維持するための夜の守りが妨げられることは、乗客全員の安全を脅かす行為にほかならない。

 いつまでも居座り、理不尽な要求を繰り返す振る舞いは、威力業務妨害や不退去罪にも当たり得る。2025年4月からは、東京や北海道などで防止条例が動き出し、客の側が守るべき決まりも示された。これまで日本の接客は我慢の上に成り立ってきたが、話を切り上げ、組織として身を守ることが求められる。

 契約のルールを無視する相手に、サービスの提供を断る。それは、インフラを絶やさないための当然の守りといえるだろう。こうした粘着質な行為を逃さず、毅然とした対応を貫くことは、現場を支える人を守るために避けて通れない判断となっている。

職員を守るための物理的装備

LINKFLOW P3000(画像:JBS)

LINKFLOW P3000(画像:JBS)

 小田急電鉄が選んだボディカメラの性能を眺めると、現場を預かる人々を守り抜こうとする、会社の強い意志が伝わってくる。

 採用された「LINKFLOW P3000」は、8時間にわたる連続録画ができ、防水防塵の規格はIP67、さらには米国国防総省の耐久基準である「MIL-STD-810G」まで満たしている。暗い場所での撮影やライト機能も備えており、深夜のホームやひどい雨のなかでも、何が起きたのかを克明に残せる仕様だ。

 これだけの道具をすべての駅に揃えたことは、現場で働くひとりひとりに、物理的な盾を手渡したのに等しい。三重県では悪質な者の名を公表する踏み込んだ措置まで現れた。かつて航空業界で

「一切の苦情を受け付けない」

という方針が議論を呼んだこともあったが、いまや働く者の安全を最優先にする姿勢は、あらゆる産業で当たり前のものになりつつある。心身を削るような被害は、そのまま会社の損失や人手の流出につながり、社会の土台を支える仕組みそのものを危うくするからだ。

 会社側には被害を防ぐための手立てを講じる義務がある。現場の安全を保ち、理不尽な要求には毅然と向き合う。そうした振る舞いは、いまや当然の務めとなった。同時に、乗る側と働く側が尊重し合うことが、確かな輸送サービスを続けていくための条件となるだろう。動かぬ記録を武器に、心ない振る舞いを退ける。そのための決断は、現場を支える人を守り、鉄道への信頼を保つために避けては通れない投資といえるはずだ。

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