BRTと駅前再編はなぜ噛み合わないのか? バス利用額「全国8位」の都市で進む、歩行者と車社会の分断

新潟駅前再編が映す交通政策の摩擦

BRT萬代橋ライン(画像:写真AC)

BRT萬代橋ライン(画像:写真AC)

 本州日本海側で唯一の政令指定都市であり、かつて開港五港のひとつとして世界に門戸を開いた歴史を持つ新潟市。その都市の顔である新潟駅前で進む再編は、この街が抱える交通の摩擦を鮮明に映し出している。

 行政は駅前広場や東大通を整備し、賑わいと歩きやすさを取り戻そうと取り組んできた。だが、信濃川と阿賀野川が作り出した広大な平野に位置するこの街には、地下鉄も路面電車もない。移動の主役はいまも自家用車とバスが担う。バス高速輸送システム(BRT)が象徴したのは、まさにその構造的なねじれだった。

 公共交通を軸に街の姿を整えようとする行政の発想と、車社会の実感のなかで暮らす市民の感覚。この深刻な隔たりは、効率的な移動手段の代わりが見当たらないという切実な現実から生まれている。

 生活の利便性を考えれば自家用車に行き着くのは自然な流れであり、行政が掲げる歩行者中心の空間作りは、実際の生活動線となかなか重なり合わないのだ。

軌道系不在と代替なきバス依存の構造

新潟駅周辺の航空写真(画像:国土地理院)

新潟駅周辺の航空写真(画像:国土地理院)

 新潟の特徴は、車社会であることそれ自体よりも、それを補完する公共交通の層が極めて薄い点にある。岡山市(人口約71万人、人口密度約896人/平方キロメートル)では路面電車の延伸や環状化が進み、熊本市(人口約74万人、人口密度約1879人/平方キロメートル)でも新型車両の導入で輸送力の強化が続いている。

 対する新潟市(人口約76万人、人口密度約1043人/平方キロメートル)には、路面電車もローカル私鉄も、市営地下鉄も存在しない。かつてあった新潟交通の電鉄や軌道も、利用者の減少や道路混雑との摩擦を経て、いまは過去のものとなった。

 人口規模も密度もそれなりにある都市でありながら、JR以外の公共交通がバスに集中している現状は、移動手段の選択肢が足りていない状態を浮き彫りにしている。新潟市は日本の市で最大の670.72平方キロメートルという広大な可住地面積を持っており、この地理的な背景が、鉄道沿線に頼らない街作りを後押しした側面もあるだろう。結果として、都市の機能は道路網に沿って広範囲に散らばった。いまから軌道系インフラを整えようとしても、物理的な壁は極めて高い。

 家計調査で新潟市のバス利用額が国内全都市で8位に入っている事実は、バスが生活を守る不可欠な手段であることを物語っている。もっとも、これはバスが利便性で自家用車を上回っているからではない。自家用車を持たない層が、

「バス以外に頼れる手段を持たない」

ために、既存の網を使わざるを得ないのだ。過去の道路を重んじた判断が、現在の市民の移動を強く縛っている。

分散型産業とバイパス網が生む非集約

古町の繁華街(画像:写真AC)

古町の繁華街(画像:写真AC)

 新潟市では、人の流れが鉄道駅に集約されているわけではない。県内最多の新潟駅であっても、1日当たりの利用客数はおよそ7万人。人口約76万人の政令指定都市として見れば、駅を利用する人の密度はかなり薄い。

・新潟駅
・万代シテイ
・古町

といった主要な場所の利用実態を合わせても、都市の重心が駅前に固まっているとはいい難い。この背景には、価値を生み出す産業拠点が駅周辺ではなく、広い土地を求めて郊外に分散している状況がある。

 産業構造を眺めると、米を起点にした食品製造や卸、農業機械などの機械系産業といった、道路や物流との結びつきが強い分野が目立つ。こうしたモノの移動を重んじる産業は、情報を扱うオフィスワーカーの集積を前提にした駅中心の街作りとは、合理性のあり方がもともと異なっている。そのため、新潟駅周辺を強引に仕事の中心地に据えようとする試みは、既存の産業が持つ効率的な動きと重なり合わない。

 新潟は駅前への集約を目指すよりも、街全体として道路交通の使い勝手を優先し、広範囲に活動を広げることで経済を回してきた。特に、高速道路に近い性能を持つ無料のバイパス網が発達しており、インターチェンジの周りには郊外型の拠点が多く存在している。駅は遠くへ出向く際の出入り口としては機能しているが、日々の経済活動を支える核としては存在感が薄い。街全体が

「道路交通を前提として動いている」

のが、この都市のありのままの姿だろう。

役割過多と専用路欠如によるBRTの限界

万代シティ通り(画像:写真AC)

万代シティ通り(画像:写真AC)

 新潟は、産業のあり方から見ても道路交通との親和性が高く、街全体が車社会を前提に成り立ってきた。

 大規模農業の改革拠点として国家戦略特区に指定されている背景もあり、広大な農作地から運ばれる物資や機械の移動を支える道路網の使い勝手は、地域経済を守ることに直結している。こうした状況下で、公共交通を立て直すための主要な受け皿は路線バスをおいてほかになかった。いかにバスを維持し、集約していくかが最大の課題となったわけだ。

 新潟市が新バスシステムを構想したのは、利用者の減少が減便を招く負の連鎖を断ち切るためだった。都心部で過密になり非効率だった運行を幹線へまとめ、郊外路線を残しやすくするという発想は、当時の新潟において筋が通ったものといえる。しかし、BRTはバスの再編という枠組みを超えて、あまりに多くの役割を背負いすぎてしまった。都心の活性化から駅周辺の整備、さらには歩きやすい街作りまで、期待が膨らみすぎたのである。

 一方で、道路空間という限られた資源を一般車から切り離し、バスへ優先的に割り当てる決断は徹底されなかった。専用走行路が整わなかったことで、BRTは渋滞に巻き込まれる大型バスと変わらない存在になってしまった。速達性や定時性という価値を十分に示せなかったのである。

 利用者から見れば、乗り換えの手間だけが増え、移動の質が上がった実感がともなわない。利便性が下がったという不満が残るのも無理はないだろう。目的がいくつも重なり合った結果、輸送システムの力が発揮されず、中途半端な形に留まってしまったのだ。

拠点接続を狙う「にいがた2km」の構想

新潟市の観光入込客数合計(千人)。新潟市のデータより(画像:Merkmal編集部)

新潟市の観光入込客数合計(千人)。新潟市のデータより(画像:Merkmal編集部)

 新潟市は、新潟駅を公共交通の結節点として強め、駅前から万代・古町までをひとつの都心軸としてつなぐ構想を進めている。このエリアには「にいがた2km」という愛称がつけられ、国からも都市再生を加速させる重点地域に選ばれた。新潟駅は鉄道と路線バスが交わり、市内外の人の流れを最も集めやすい場所。ここを乗り換えの拠点とするだけでなく、集まった人流を都心の奥へと広げ、街全体の活性化につなげるのが市の狙いだ。

 市が駅前から万代・古町までを一体として捉えたのは、人の流れを滞らせないためだろう。江戸時代からの情緒が残る古町と、1970年代に交通の要所として発展した万代。これらが独立した拠点のままでは、どうしても人の動きが分断されてしまう。そこで駅の高架化や、2024年に全面開業した駅直下の歩行者優先型バスターミナル、南北を貫く直通便の運行、さらには東大通の改修を進めた。駅から都心へと、よりスムーズに動ける環境を整えようとしたわけだ。

 ここで重きを置かれたのは、駅前という点だけの開発ではない。離れた複数の拠点をひとつの経済圏として結びつけ、都市としての地力を底上げすることだった。しかし、この取り組みが実を結ぶためには、移動の際にかかる手間や心理的な重荷を、極限まで取り除かなければならない。

 利用者が増えるほど使い勝手が良くなる好循環を生むには、まずは自家用車に引けを取らない

「移動の滑らかさ」

が必要になる。歩くことを中心に置いた空間が、車での直行を上回る心地よさを提供できるか。それが街全体の行方を左右することになりそうだ。

車社会と公共空間が補完し合う都市の姿

万代バスセンターのカレー(画像:写真AC)

万代バスセンターのカレー(画像:写真AC)

 高齢化が進み、環境への配慮が求められるなかで、都市の機能を集約させる考え方は筋が通っている。公共交通の拠点を中心に据えたコンパクトな街作りは、これからの時代においてひとつの正解なのだろう。新潟駅周辺の整備も、乗り換えの使い勝手を良くするだけでなく、街の玄関口としての顔を整えることで、外から人や企業を呼び込む狙いがある。それは十分に納得できる施策といえる。

 新潟市の観光入込客数は2024年時点で約1602万人に達しており、その6割を都市型の観光やイベントが占めている。「水の都」や「柳都」として親しまれてきた万代や古町には、すでに積み上げられてきた固有の価値がある。なかでも、古町で酒を酌み交わし、運転代行を呼んで家路につく過ごし方は、都心の華やかさと車社会の便利さが入り混じった、新潟ならではの豊かさを物語っている。

 この運転代行という仕組みは、公的な交通が届かない夜の移動を、民間の柔軟なサービスがうまく穴埋めしている形だ。家から目的地まで直接送り届けてくれる便利さは、決められたルートを走るバスよりも、ひとりひとりの都合に寄り添っている。行政の助けを借りずとも、市場のなかで自律的に成り立っている点も興味深い。バスセンターのカレーや「みかづき」のイタリアンといった身近な体験こそが、実は移動の目的そのものになっている。

 新潟でいま求められているのは、教科書的な理想の交通都市を追いかけることではない。こうした街の使われ方を踏まえた上で、都心の楽しさと車社会の現実をどう重ね合わせていくか。私的な空間と公的な空間が互いの足りない部分を補い合う関係を作ることこそが、都市の明日を支える道になるだろう。。

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