「おやっ?」改めて考えたら、なぜ日本は右ハンドル/左側通行になったのだろう? 直接の要因はじつは“別の乗りもの”にあった?
07/16 12:10
現在、左側通行を採用しているのは、日本以外ではイギリスと、イギリスの旧植民地がほとんどです。なぜ、日本はイギリスの旧植民地でないにもかかわらず、左側通行が採用されるようになったのでしょうか?
なぜ日本は「左側通行」なの?「武士の文化」が関係しているという説も
日本は左側通行を採用していることから、街を走るクルマのほとんどが右ハンドルとなっています。
ただ、世界的に見ると左側通行は少数派であり、およそ7割が右側通行となっています。
日本以外で左側通行を採用しているのは、イギリスにくわえて、インド、オーストラリア、香港など、かつてイギリスの植民地であった国や地域がほとんどです。
一方、日本はイギリスの植民地であったという歴史的事実はありません。にもかかわらず、なぜ日本では左側通行が採用されているのでしょうか?

日本の公道における左側通行の歴史は1900年にはじまったとされています。
実際、当時の警視庁が制定した『道路取締規則』には「諸車ハ往来ノ左側ヲ通行スヘシ」との文言を見ることができます。
これは馬車や人力車を意識したものであったものの、その後クルマが普及するなかで、1920年に内務省による「道路取締令」が施行され、左側通行が全国的なルールとなりました。

一説には、日本で左側通行が採用されたのは「武士の鞘(さや)当て」が関係していると言われます。
「武士の鞘当て」とは、武士がすれ違いざまにお互いの刀の鞘が触れあい、それをきっかけにして争いがはじまることを指します。
右利きの場合、刀は左側に差すことが一般的であるため、「武士の鞘当て」を避けるためには相手の左側を通ることが必要でした。
その結果、のちの日本でも左側通行が基本となったというわけです。
しかし、いわゆる「廃刀令」が出されたのは1876年のことであり、実際に左側通行が法律で制定されるまでにはかなりの時間差があります。
もちろん、当時の武士の文化が日本で左側通行が浸透する遠因となった可能性は否定できませんが、現在ではあくまでひとつの俗説として数えられています。
「左側通行」のルーツはやはりイギリスだった?
では、日本で左側通行がおこなわれるようになった直接の要因はどこにあるのでしょうか?

その背景は、やはりイギリスにあるようです。ただし、それはクルマではなく鉄道でした。
1872年に新橋〜横浜間で開通した日本初の鉄道は、いわゆる「御雇い外国人」であるイギリス人技師のエドモンド・モレル氏の指導によって完成したことから、基本的な設計や運用はイギリス式が採用されました。
当時のイギリスは世界に名だたる超大国であり、鉄道をはじめとする工業技術も非常に進歩していたことから、イギリス式が採用されたのは極めて自然なことであったと考えられます。
そのイギリスの首都であるロンドンでは、1756年の時点で馬車の左側通行が法制化されており、その後1835年にはイギリス全土へと展開されていました。
そして、その後登場した鉄道も当然のように左側通行が採用されることとなりました。
日本における最初の鉄道が左側通行だったことから、その後登場するあらゆる交通ルールが左側通行を基本とするようになりました。
このように、日本が左側通行を採用した直接の理由は「イギリスのルールにならったから」ということにあると言えそうです。
では、なぜイギリスでは早くから左側通行が採用されていたのでしょうか?
そこには諸説ありますが、かつてのイギリスの騎士は左腰に剣を下げていたため、馬に乗る際には左側からまたがっていたことに由来していると考えられます。
また、右手で左側の剣を抜く場合、敵を右側に置いたほうが防衛上有利だったという理由もあるようです。
つまり、イギリスで左側通行がはじまった背景には、日本の武士の文化に近い理由があったというわけです。
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一方、フランスをはじめとするほかのヨーロッパ諸国で右側通行が採用されたのは、それぞれの歴史的背景が深く関係しているようです。
かつてのフランスでは、貴族は左側を通るというのが暗黙の了解となっていましたが、1789年のフランス革命以降はそうした文化が廃れました。
その結果、右側通行を「平等の象徴」とする思想が生まれ、1794年には正式に「右側通行令」が施行されています。
その後、ナポレオン率いるフランス軍がヨーロッパに進軍した際、征服した国々に自国と同様の右側通行を課したことで、ドイツやイタリア、スペイン、スイスなどで右側通行が採用されることになったと言われています。