日本市場に積極投資を仕掛ける米ベインキャピタルの投資戦略は?

ベインキャピタルが日本市場への投資を活発化している。2024年はティーガイアへのTOB(株式公開買い付け)、トランコムとスノーピークのMBO(経営陣による買収)などの大型投資を実施した。なぜベインは日本企業へ積極的に投資するのか?そして投資戦略は?末包(すえかね)昌司パートナーに聞いた。

日本市場の特性に合ったファンド

ーベインキャピタルの強みを教えて下さい、

事業の成長のポテンシャルを開花させることでリターンを出すことを最重要視しています。結果として日本においても世界においても、社員の6〜7割は戦略コンサルティングや事業会社の出身者で占められています。他のファンドの多くは7〜8割が金融機関や投資銀行出身者で、残りが戦略コンサルティング会社出身者ですから、人員構成は全く逆です。

これは日本においては、すごく大きな強みになります。なぜかというと、潜在的に力を持っているのに、そこを発揮しきれていない会社が非常に多い国なんですね。しっかり事業の現場に入り込んで、ポテンシャルを開花させる我々のようなファンドが持ち味を発揮できる市場と言えます。わが社のメンバーが投資した会社に入って経営支援をしています。現場で支援をする力があるというのは、(ポテンシャルと企業収益の)ギャップを埋める非常に有効な手段を持っているということです。

その結果(リストラで実現できる)利益面だけではなくて、売上成長を含めて実現しています。これがさらに良いリターンを出すことに繋(つな)がっています。ハイリターンを実現することで、よりまた良いレピュテーション(評判)になりますし、会社が成長したということで資金を集めることもできます。良い人材を採用することもできる。それが良い投資に繋がって…と、好循環のサイクルを実現しています。

-代表的な成功例を教えていただけますか?

私どもが今年、日本生命保険に譲渡したニチイ学館です。同社は国内最大手の介護系オペレーション企業です。私どもはコロナ禍真っ最中の2020年に投資しました。投資開始から3年ちょっとで、償却前営業利益が2倍ぐらいになっています。

ニチイ学館で手を付けたのは基盤整備から。例えばM&Aを利用してコア事業の介護などで成長の余地があったのですが、同社にはM&Aチームがありませんでした。私は相当チャンスがあると思っていたので、直ちにM&Aチームを立ち上げました。それに加えてCFO(最高財務責任者)やCIO(最高情報責任者)など社内外から適任者を選んで人材の強化も図りました。

一般に日本企業はなかなか変わらないといわれますが、現場にしっかり入って企業の皆さんと一緒に手足となって分析をして、組織を動かしていけば、会社は変わり、最大限のポテンシャルを引き出せると思います。具体的なアクションとしては、大きく分けてコア事業の成長を加速していく、ノンコア事業の整理整頓をする、そしてM&Aの3点です。ニチイ学館のケースではコア事業の介護事業と医療事務の事業、保育事業という3つのコア事業があったのですが、これに加えて英会話学校、ペット向けのサービスの事業と、様々な事業に参入していました。

その背景には創業者が起業家精神旺盛な方で、世の中のためになる新しいビジネスを広げていらっしゃった。それも大事だと思うのですが、結果として経営陣の方がこの新規事業に非常に忙しくなり、コア事業に時間をなかなか割けなくなるなど、経営リソースが分散してしまったのです。そこで私たちが考えたのはノンコア事業にリソースを取られない形に変えて、コア事業に集中することにしようと。拡大路線一辺倒から縮小や売却、撤退など、すでに始めているサービスですので、各事業の顧客に迷惑かけない範囲でコントロールました。

コア事業の成長ではオーガニックだけじゃなく、M&Aも利用しました。先ほど償却前営業利益が倍増したとの話をしましたが、その寄与率はコア事業の成長が約6割、ノンコア事業の整理が約3割、残り1割がM&Aです。M&Aはコア事業である介護介護事業と保育事業がターゲットですね。

規模や業種を問わず、付加価値の可能性で投資先を決める

-ベインは今年だけでもティーガイア、トランコム、スノーピークの3社にTOBやMBOを実施しています。どのような基準で投資先を決めているのですか?

ファンドによっては業界やサイズ(投資規模)でフォーカス(集中)しています。我々は今まで日本で40件ほど投資してますが、トラックレコード(過去の運用実績)を見ていただくとサイズも様々、業種も様々です。サイズに関しては、企業価値ベースで約200億円から2兆円までと2ケタ違います。これらの投資先の共通点は、私たちが関与して営業利益と売り上げがどれだけ変化を起こせるか、すなわち高い付加価値を出せるかどうかです。

技術力とかコアの商品力でとても良いものを持っているにもかかわらず、そのポテンシャルを発揮しきれてない会社。例えば営業のやり方やマーケティングのコスト管理のあり方で、本来なら生み出せるはずの収益力が実現できていない会社ですね。そういう会社に関与して、本来のポテンシャルを開花させるというところがベインの得意技だと思います。今まで20年弱日本でやってきている中で知見を積み上げており、それを投資候補先企業の状況に照らして投資判断をしています。

-報道によるとベインはこの5年間で日本市場で5兆円の投資をされるんだという話も出ています。しかし、日本企業は本当魅力的なのでしょうか?「失われた30年」を経て国際競争力も低下しています。一方で、円安だから「お買い得」との見方もできるかもしれませんが…。


円安だから日本企業に投資しているということは全くないです。我々はマクロ投資家ではないので、マクロ経済に対して何かベットする(賭ける)ような会社ではありません。現場にしっかり関与して、企業のポテンシャルを開花させてそのリターンをいただく投資ファンドです。なので為替相場で投資判断は左右されません。

日本は政治と経済が非常に安定してる市場だと見ています。さらに日本企業はポテンシャルと具現化している価値のギャップが大きいと思っています。本来のポテンシャルを引き出して企業価値を引き上げることでリターンを出す我々にとっては、素晴らしい仕事ができる市場なのです。

例えば自動車部品会社は日本のOEM(完成車メーカー)をしっかりサポートしています。しかし、海外のOEMと取引できていない会社が非常に多いんですよね。もったいない話です。実力があれば、海外OEMにもしっかり売り込めます。素晴らしい技術があり、競争力の高い製品を持っているのに、その製品力、技術力に見合った値づけをしていない。本当はもっと高い価格をつけても、顧客は文句を言わない。フェアな価格で販売できれば、それによって生まれたキャッシュフローで研究開発の充実などにも繋がっていくはずです。

「日本では製品力、技術力に見合った値づけが出来ていない企業が多い」と見る末包パートナー

日本企業のガバナンスは大幅に向上

-金利の上昇についてはいかがですか?

金利で投資影響がないかあるかなら、あります。ただ、日本における金利の上昇は米国や欧州に比べれば遥かに小さいので、インパクトは非常に限定的だと思います。今後もそれほどほ大幅な変動はないと考えています。大事なのは為替相場もそうですが、金利上昇やインフレといった企業がコントロールできない事象が起きたときでも、きちんと存続できるような事業にしておくことです。非常に高い技術力を持ち、顧客から信頼されていて「ここからしか買いたくない」というような会社ならば、金利が上がったりインフレになったりしてコストが上がっても顧客に転嫁できる。結局はビジネスの強さなんです。

ー政治・経済の安定性は大きい魅力ですか?

我々は投資先企業と長期的に関与するので、不安定だと大きなリスク要因になります。例えば中国のように政策変更が頻繁に起きてしまうというような国だと、なかなか長期の投資はしずらいですね。現在、中国の経済が非常に不安定となり、世界かの投資マネーは中国から日本とインドへ流れているのが現状です。

-日本の企業ガバナンスのクオリティーは向上しましたか?

まずは日本の経営者が株価を気にするようになったことですね。10年前だと、あまり株価を気にしておらず、株主ガバナンスが非常に弱かったと思います。今は株価だけでなく、PBR(株価純資産倍率)とかROE(自己資本利益率)といった指標も気にするようになってきました。2014年に経済産業省から伊藤レポートが発表され、「ROEが8%を超えないといけない」といったコンセンサスが定着しました。昨年は東京証券取引所が「PBR 1倍割れは問題だ」との明確なメッセージが打ち出されました。同年に経産省が「企業買収における行動指針」を発表し、経営陣は買収提案に真摯な姿勢で臨むべきだとの方針が明記されました。こうした動きは経営者が株主側により目を向けることに繋がっていると思っています。

当然、ファンド側も存在意義が問われます。重要なのは企業が持つポテンシャルを開花する力があるかどうかです。米国など海外では、買収金額でそこそこのバリュエーション(企業価値)をつければ取締役会で企業売却は決まるのですが、日本は違います。日本の売り手の方々は「買収金額をいくら出してくれるのか」以上に、「一体どんなことをやって会社を良くしてくれるのか」を非常に気になさいます。そこが海外との大きな違いだと思います。

-日本での事業売却の意識も変わりました。

かつてはリストラというと、不採算事業を切り捨てて閉鎖するイメージがありました。現在は切り捨てるのはなくて、新たに成長させていという考え方になっています。我々はオリンパスから同社の祖業だった顕微鏡事業を引き受けました。これが20年前だと、自分たちの会社の祖業をアメリカの投資ファンドに売却するなんて考えられなかったでしょう。

同社の顕微鏡事業は収益性も非常に高いし、成長もしています。ただ、オリンパスは現在のコアビジネスである医療用内視鏡事業に資金を投入していきたい。なので、良い事業ではあるが売却して、コアビジネスに集中投入した方がいいんだと経営陣が意思決定したのです。昔は赤字を出していて、成長性が全くないような事業ばかりが売りに出ていましたから、大きな変化です。一方、顕微鏡事業は売却されたことで再びコアビジネスに昇格し、積極的な投資により新たな成長軌道に乗りました。

最近は日立製作所グループの御三家の一つだった日立金属(現 プロテリアル)や東芝の稼ぎ頭だった東芝メモリ(現 キオクシア)を我々が引き受けるなど、10年前では考えられなかったような動きがどんどん起きているとは思います。

文:糸永正行編集委員

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