日本製鉄がUSスチール買収に失敗した「悪手の連鎖」とは

バイデン米大統領が日本製鉄<5401>による米鉄鋼大手USスチール買収計画の中止命令を出した。日鉄は米国政府を相手取り訴訟に持ち込む方針だが、大統領令が覆る可能性はほとんどない。今回の買収失敗の背景には大統領選という政治に翻弄された要因が大きいが、日鉄の度重なる「悪手」もあった。

保護主義化する世界経済で「同盟国企業の優位性」に過信

日本製鉄の今井正社長は中止命令を受けて「当社としてもあまり時間をかけずにアクションに移りたい。(提訴も)重要な選択肢の一つとして念頭に検討している」とコメント。日鉄は、審査が政治によって著しく適正さを欠いていたことが明白と主張して米国政府に見直しを迫る構えだ。しかし、渡辺靖慶応大学教授は「経済安全保障を根拠に出した大統領令が後になってひっくり返る可能性はほとんどない」と予測する。日鉄のUSスチール買収は完全に頓挫したようだ。

今回のM&Aについては、日鉄側の「悪手」が目立った。そもそも大統領選挙が本格的にスタートする2023年12月に買収を発表したタイミングがまずかった。当時、同業の米クリーブランド・クリフスや世界第2位の鉄鋼メーカーであるアルセロール・ミタルによるUSスチール買収の動きがあり、日鉄が手を挙げざるを得なかった事情もある。最終的に日鉄が競り勝ったものの、「政争の具」として大統領選の荒波に飲み込まれた。

タイミング以上の敗因は、日鉄が「同盟国企業の優位性」を過剰評価していたことだ。第1期トランプ政権が保護主義を取っていた反動で、バイデン政権は自由で開かれた貿易を目指していると見る向きもあった。だが、バイデン政権も経済安全保障を根拠とするM&Aはじめ経済活動への干渉やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に復帰しないなど、第1期トランプ政権の保護貿易策を継承している。

そのため日鉄によるUSスチール買収には、2023年12月の合意当初から経済安全保障上の理由で横やりが入るのではないかとの声も出ていた。ところが日鉄には「経済安全保障上の理由で買収を阻止されるのは、中国をはじめとする非同盟国企業に限られる」との思い込みがあったようだ。これは同社だけでなく、日本企業全体の共通認識とも言える。

日本でもザラにある同盟国企業に対する制約

現在の資本主義国家において、「市場原理」だけで経済政策を運営している国はほとんどない。同盟国もしくはそれに準じる友好国の企業に対する経済安全保障を根拠とした政府からの干渉や経済制裁は、日本でも起こっている。2018年に元徴用工問題を巡って韓国最高裁が日本企業に賠償を命じる判決を出したのを受けて、日本は2019年に韓国向けの半導体関連材料3品目の輸出管理を強化し、簡素な輸出手続で済む「ホワイト国」(現・グループA)から除外した。

2024年8月にカナダのコンビニエンスストア大手アリマンタシォン・クシュタールがセブン&アイ・ホールディングス<3382>の買収に乗り出したことが明らかになると、経済産業省は同9月に同社を安全保障上のリスクから「外国為替及び外国貿易法」(外為法)による事前届け出が必要となる「コア業種」に指定した。

日産自動車<7201>とホンダ<7267>の経営統合の背景にも、台湾電機大手の鴻海精密工業による買収工作があったとされる。武藤容治経済産業相は2024年12月の記者会見で、外国企業による買収について「一般論」と前置きしながらも「海外資本の持つネットワークやノウハウの取り込みにつながる一方で、技術の国外流出やサプライチェーン(部品供給網)の途絶などのリスクを留意する必要がある」と慎重な見方を示している。

そうした世界経済の保護主義化の流れの中で、「米国の同盟国企業なのだから、M&Aに反対されるわけがない」とUSスチール買収に正面から切り込んだ日鉄の判断は「甘かった」と言われても仕方ない。

中止命令をダメ押しした根拠なき「年内決着」発言

日鉄の「悪手」はさらに続く。森高弘副会長が11月以降に会見やメディアとのインタビューで、「USスチール買収は間違いなく年末までにクローズできる」と発言したのだ。結果としては根拠もない「希望的観測」であったことが明らかになったが、「年末までにクローズできる」とは「バイデン政権が従来の反対姿勢から一転して買収を認める」という「政治的変節」を示唆することにほかならない。

この発言を受けて、2026年の中間選挙での巻き返しに向け労働組合の票固めをしなくてはならない民主党が、残りわずかなバイデン大統領の任期中に厳しい姿勢を示さざるを得なくなったのも当然だろう。

日鉄側が沈黙を守っていれば、バイデン政権がこの問題を第2期トランプ政権に先送りしていた可能性がある。中止命令が出ればそれでよし、トランプ氏お得意の「ディール」で買収を認める姿勢に転じれば、中間選挙で「変節」を材料に票固めができる契機になるからだ。

「最悪のシナリオ」は回避できた

USスチールの買収は失敗に終わるだろうが、日鉄にとっての「最悪のシナリオ」ではない。日鉄は米国政府に対して、買収後もUSスチールの生産能力を10年間削減しないなどの追加提案をしていた。もし第2期トランプ政権に判断が持ち越されていれば、「最高のディールだ!」と受け入れられた可能性も十分にある。

買収に一貫して反対している全米鉄鋼労働組合(USW)は、この提案について「生産能力を維持するというのは、再稼働が不可能になるくらい設備をさび付かせることを意味するだけだ」と一蹴した。だがトランプ政権はUSWの懸念とは逆の意味で、日鉄の提案を利用するおそれがある。つまり、例え販売が伸び悩もうが、業績が悪化しようが、USスチールで一切の減産を認めないということだ。

日鉄が「これ以上、USスチールを支えられない」と言い出しても、莫大な違約金を課したり日本政府との外交問題化したりして撤退ができない状況に追い込むだろう。東芝が米ウエスチングハウスを切り捨てられなかったとしたら、経営破綻に追い込まれていたはずだ。

トランプ政権にとっては仮に日鉄がUSスチールと共倒れになって倒産したとしても、外国企業なので自国民から非難されることはない。むしろ日鉄を逃さず、同社の資産を流用してUSスチールを「延命」させた功績をアピールするだろう。

その意味で日鉄は決して「成功」していないが、「大失敗」は回避できたと言える。現在の日鉄は、東芝に競り負けてウエスチングハウスの買収を逃した三菱重工業に近い立ち位置かもしれない。

文:糸永正行編集委員

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