「りくりゅう」も懸念 フィギュアスケートペアの育成環境を改善する方法は?

フィギュアスケートのペア競技は、日本にとって長年の課題とされてきた分野だ。2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪のフィギュアスケート・ペアで金メダルを獲得した三浦璃来・木原龍一組の「りくりゅうペア」が育成環境の不足を指摘している。特に問題なのが、練習環境となるスケートリンクの不足だ。

フィギュアペア競技が抱える三つの課題

リンク整備には多額の投資が必要で、自治体や民間企業にとって負担が大きい。そのため施設数は長期的に減少してきた。これはスポーツ政策として語られることが多いが、視点を変えればスポーツ施設ビジネスやM&Aのテーマにもなる。

日本記者クラブ(東京都千代田区)での会見で、木原選手はM&A Onlineの質問に対し「日本のペア育成には大きく三つの課題がある」と述べた。

第一は、競技参加の心理的ハードルだ。木原選手は「ペアスケートっていうハードルがすごく高いような気がしています。やっぱりこの技ができないとペアになれないよね、身長差がこれぐらいないとできないよね、というハードルが少し高くなってしまっている」と語る。

第二は、国内のペア指導者不足だ。日本ではペアを本格的に学ぶために海外拠点へ移るケースが多く、それが競技参入のハードルになっている。三浦選手も将来目指すという選手指導について「1人でコーチングするというよりは、チームでやっていけたらいい」と語り、国内ペア指導体制の整備の必要性を示している。

そして第三に、練習環境の問題を指摘した。ペア競技ではリフトやスロージャンプなど危険度の高い技術を伴うため、一般のスケーターと同じリンクで練習することが難しい。木原選手は「ペア競技というのは非常に難度が高く、大人数での練習は非常に危険。ペア専用リンクが整備されれば、競技人口も増えやすいと思います」と指摘する。

日本のリンク数はピークの4分の1

日本のフィギュアスケート選手の競技力は向上を続け、人気も高まっている。それにもかかわらず、国内スケートリンク数は減少している。

文部科学省などの調査によると、日本のスケート施設数は1985年に約940施設とピークを迎えたが、その後は減少を続けており、2021年には208施設。つまり、ピーク時の4分の1以下まで減っている。

背景には施設運営の難しさがある。スケートリンクは冷却設備が高額な上に電力コストも高く、単独施設として採算を確保するのが難しい。利用者数の季節ごとの変動も大きく、維持費が経営を圧迫するケースが少なくない。そのため多くの施設が閉鎖され、その数は長期的に減少してきた。

スケートリンクは「インフラ投資」

スケートリンクは他のスポーツ施設に比べても初期投資が大きい設備の一つだ。通年型リンク1面の建設費は、一般的に20億~40億円程度とされる。観客席を備えたアリーナ型施設では50億円以上になることもある。

スケートリンクの収益は主に①スケートスクール、②一般滑走利用料、③大会・イベント開催料、④スポンサーやネーミングライツの四つの柱で構成される。年間売上は3億~7億円程度になるケースが多く、営業利益は年間1億円前後とされる。

30億円の投資に対して年間1億円の利益であれば、投資回収には20年以上かかる計算だ。つまり、リンクは短期投資ではなく長期インフラ型の投資と言える。一般的な営利企業にとっては、資金回収しにくい施設になるだろう。

スポーツ庁「体育・スポーツ施設現況調査」

スポーツ庁「体育・スポーツ施設現況調査」に基づく全国の屋内・屋外スケート施設数の推移(M&A Online)

米国ではリンク運営会社による施設買収が進む

米国ではスケートリンク単体の売買よりも、複数リンクを保有する運営会社による施設買収や統合が進んでいる。

米Black Bear Sports Group(ブラック・ベア・スポーツ・グループ)はアイスホッケーやフィギュアスケート向けのリンク施設を中心に投資を進め、北米各地で施設の取得や運営権取得を重ねている。現在は47施設のアイスリンクを保有・運営し、施設の再建や改修を通じてスポーツ施設の価値を高める事業モデルを構築している。

同社は2020年代にペンシルベニア州のアイスリンク施設を取得するなど、老朽化した施設の再生型投資を進めている。施設取得後はホッケーリーグやスケートスクール、地域大会などを誘致し、地域スポーツ拠点としての収益化を図るのが特徴だ。

米Rink Management Services(リンク・マネジメント・サービス)は自治体所有リンクの運営受託や施設再建を手がけ、全米で施設の運営・管理を展開してきた。施設の取得だけでなく、運営権の移転や長期管理契約を通じてリンク事業を拡大するモデルだ。米国のスケートリンクビジネスの特徴は、1施設単体ではなく複数施設をポートフォリオとして運営する点にある。

施設を複数保有することで大会誘致やリーグ運営、スクール事業などの収益を安定させることができるためだ。こうした運営会社の統合や施設取得は、スポーツ施設を投資対象とする新しいビジネスとして注目されている。スケートリンクを巡るM&Aは、単なる施設売買ではなく、スポーツ施設運営会社の拡大戦略として進んでいるのが実態と言える。 

日本でスケートリンクのM&Aは起こるか?

日本でスケートリンクを巡るM&Aは起こり得るのだろうか。最も有力なのは公共施設の民間運営化だ。アクアリンクちば(千葉市)や埼玉アイスアリーナ(埼玉県上尾市)、関空アイスアリーナ(大阪府泉佐野市)など公共性の高い施設や公的団体が関与するスポーツ施設を民間企業が運営し、複数施設を束ねた大手運営会社が形成される可能性がある。

埼玉アイスアリーナ

埼玉アイスアリーナ(同施設に冷凍機・除湿機およびメンテナンスを提供している前川製作所のニュースリリースより)

次に都市再開発との連動だ。近年のリンク整備は単独施設ではなく、商業施設やアリーナと組み合わせた複合施設として整備されるケースが増えている。

東京都立川市の再開発エリアに整備された「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」や、千葉県船橋市の大型商業施設「ららぽーとTOKYO-BAY」に隣接する「三井不動産アイスパーク船橋」などは、フィギュアスケートスクールの拠点としても利用されており、都市型リンクの代表例とされる。

これらはスケートリンクに商業施設やアリーナ、ホテルなどと組み合わせた複合型施設で、収益を上げやすい構造になっている。M&Aの対象としてもクローズアップされる可能性が高い。

さらに、スポーツ施設運営会社の買収もありうる。イベント会社やスポーツ関連企業が収益力を高めるためにリンク運営会社を買収し、全国規模の施設ネットワークの構築を目指す。スケートリンクが減少している状況では単独での生き残りは厳しくなる一方で、M&Aによる「規模の拡大」で収益性を改善するのが急務だ。

スポーツとM&Aの接点

フィギュアペア競技の育成環境という問題は、これまでスポーツ政策の枠組みで議論されることが多かった。しかし、リンク整備には巨額の投資が必要であり、民間資本の活用が不可欠になる。この問題はスポーツと不動産、エンターテインメント、それに投資という視点から検討する必要がある。

フィギュアスケート人気は、ミラノ・コルティナ冬季五輪の「メダルラッシュ」でますます高まるだろう。しかし、競技を支えるインフラは十分とは言えない。トップ選手が指摘するペア育成の課題については、「スポーツ施設ビジネスの再編」という解決策を検討する必要がありそうだ。

文・写真:糸永正行編集委員

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