ブラックフライデーに“非セール本”を買うという、きわめてブレードランナー的な営為について
11/29 17:00
GIZMODO

ブラックフライデーの最中、人はだいたい二種類に分かれる。
ひとつは、値引きこそ正義と信じ、無数のカートを満たしていくタイプ。
もうひとつは、その喧騒の裂け目に偶然落ちてしまい、なぜか定価の本を買っているタイプ。
——装丁家ドイ氏が仕掛ける“UBIK的視覚操作”に僕は勝てなかった
僕は後者だった。しかも選んだのは、フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?【Deluxe Edition】』——6,600円。

合理性の亡霊はどこかへ消え、代わりに「これは買うべきだ」と囁く別の声が浮上した。声の主はだいたい察しがついていた。ドイ氏である。
未来のイメージを蒸留する。「フィリップ・K・ディック展」ビジュアルが新しい理由
ドイ氏とは、かれこれ20年ほどのつきあいになる。
彼を説明するならこうだ。
未来を意識しすぎて未来に寄生されかけている男。
そしてその反動として、ディックの『UBIK(ユービック)』に出てくる広告のように、ポップカルチャーの皮をかぶりながら、どういうわけか“ディストピアの気配”を常にまとっている。
僕は昔から、その危ういバランスが好きだった。

今回のDeluxe Editionも、まさに“ドイ氏の脳内宇宙”の産物だ。
銀と黒の硬質な表面は、触れると現実のほうがわずかに後ずさりするような錯覚がある。光を当てると虹色に反射する加工は、まるで「この本は複数の時間軸で同時に存在しています」と宣告しているかのようだ。ステッカーが挟まっているのも、異世界から混入した広告物のようで妙に落ち着かない。
【創立80周年記念】『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?〔Deluxe Edition〕』堂々登場!|Hayakawa Books & Magazines(β)
ブラックフライデー、それは「ユービック」的な視覚効果
奇妙なことに、PKD作品は“装丁によってストーリーの前提が変わる”という、他の作家にはあまりない現象が起きる。読む前の僕自身の現実感覚が微妙にズレるのだ。それは、文章そのものより、ドイ氏の視覚操作のほうが先に僕を変調させてしまうからかもしれない。
そしてここからが、今回もっとも注意すべき事実だ。
ブラックフライデーで今まさに表示されているAmazonの巨大セールバナー。

さらに、ギズモードのコマース企画 GIZMART のキービジュアル。

——あれらも全部、ドイ氏がデザインしている。
つまり、我々がブラックフライデーを“どう見るか”という現実認識の5割ぐらいは、すでにドイ氏の手の中にあるのだ。
気づかぬうちに「UBIK(ユービック)」的な視覚が生活基盤に浸透している、というわけだ。
そう考えると、ドイ氏はギズモードの「視覚効果担当」などという生ぬるい表現では足りない。
ガジェット界のサー・リドリー・スコット? 近いけれど違う。
もっと正確に言うなら——
サー・ポジトロン・ドイ。
人間、時々こうした言い過ぎが真実を射抜く。

ブラックフライデーの混沌を眺めていると、値引きではなく“意識を書き換える一冊”を手にすることこそ、実は最もディック的な買い物なのかもしれない。
そして今回、それがこのDeluxe Editionだった。
Source : Hayakawa Books & Magazines(β)