江原啓之と鈴木秀子が勧めるシンプルに生きる原点「地位や名誉や財産は持って死ねない。生きているだけでいいと考えると心が楽に」
01/19 12:30
婦人公論.jp

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【写真】江原さん「生きているだけで偉い、生きているだけで立派だと思うのです」
「生きているだけでいい」とシンプルに捉える
江原 ぜひともシスターにうかがいたいのですが、シンプルに生きるための原点とは何だとお考えになりますか?
鈴木 朝、目覚めたときに「ああ、今日も息をしている」と感謝することだと思います。
江原 やはりそうなのですよね。私も最近では「生きているだけでいい」と伝えています。誰かに「私はどうしたら学びを深めることができるでしょうか?」と尋ねられても、「生きているだけで学べます」と。
試練が学びであることは真理なのですが、誰にとっても現世を生きるのは大変なことに違いありません。家族問題、健康問題、仕事問題、お金の問題……。一難去ってまた一難、ときには幾つもの試練が重なることもあります。事故や天災によって突如として愛する人を失うことも起こるのがこの世なのです。
こうして話している今も、戦火の中で呆然自失の状態に陥っている人が大勢います。それでもみんな生きている。生きているだけで偉い、生きているだけで立派だと思うのです。
若くしてがんを患ったある女性は……
鈴木 「生きているだけでいい」という発想は、シンプルの極みですね。人一人の存在というのは大きなものです。人が一人亡くなると家族間のさまざまなバランスが崩れてしまいます。
先日、私が看取りを行った女性は若くしてがんを患い、乳飲み子を残して先立つことが悲しいと周囲の人に語っていたそうです。けれども最期には声にならない声で夫と子どもの名前を呼び、「ありがとう」と微笑みかけて静かに息を引きとりました。

江原 死を受け入れることができてよかったですね。
鈴木 はい。でも残された家族にとって、この若いお母さんの存在がどれだけ大きなものだったか。贅沢になんか暮らせなくてもいい、ときには喧嘩をしてもいい、ただ生きていてさえくれればよかったと周囲の誰もが思います。
江原 何もできなくても、生きているだけで周囲の人たちを照らすことができる。一人ひとりの存在は本当に大きなものだと思います。
鈴木 そもそも何もできない人なんていないのです。誰だって年を重ねればできないことが増えていきますけれど、笑顔で周囲の人たちを癒すことはできます。たとえ寝たきりになっても周囲の人たちの幸せを祈ることができるのです。私も年をとりましたけれど、死の直前まで世界平和を祈ることができるということが心の支えとなっています。
人生に良いも悪いもない
江原 そうですね。私たちができることは、働くことや自立して生きることばかりではありませんね。命の前では、出世することや財産を残すことなど些末なことだと言えるでしょう。
鈴木 地位や名誉や財産は持って死ねないのだと考えれば、ほどほどでいいかなという気持ちになるのではないでしょうか? ある程度、年を重ねれば気づくはずです。
江原 でも、老人ホームの中で「元**会社役員」などと記された名刺を配る人がいるのですよ。
鈴木 それは本当ですか?
江原 帰属意識が高く、過去の地位がアイデンティティのすべてだという人が少なからずいるのは確かなことです。
鈴木 心をシンプル化したほうがいいのは現役世代の人たちばかりではないということですね。
江原 どうやらそのようです。
鈴木 心をシンプル化して、どんな人も結局のところ死という終着点に向かっているのだと思えば、誰の人生も五十歩百歩。人生に良いも悪いもないと達観することができるでしょう。
江原 人生は短いですしね。
鈴木 人生100年時代と聞くと長いように感じますけれど、時間というのは体感によって異なるのです。つまらない会議だと1時間がとてつもなく長く感じられますが、同じ1時間でも楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。
生きづらさから逃れるためには……
江原 私は「価値があるから生きるのではない、生き抜くことに価値がある」と説いているのですが、現世を生き抜くためにも物事をシンプルに捉える必要があると思います。
鈴木 流れ星のような人生の中で起こる出来事は善きにつけ悪しきにつけ小さなことだと捉えること、「もっともっと」という欲を捨てること、こうでなければいけないという固定観念から自分を解放すること、世間体に心を奪われないこと。小さいことで人の役に立つことをする。これらが、生きづらさから逃れるための第一歩なのです。
江原 想像しただけで心が軽くなります。
鈴木 人生をシンプルに捉えれば心が楽になるということが多くの人に伝われば、きっと世の中は変わることでしょう。
※本稿は、『最良の人生を生きる法則』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。