あの「僕は当時学校から逃げた。だけどそこから逃げなかったら、見られなかった景色や体験がたくさんある」

画像提供:『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)
2025年9月には自身初となる日本武道館公演を開催。音楽活動にとどまらず、ジャンルの垣根を越えて活躍の幅を広げているアーティスト・あの。デビュー5周年を迎え、いじめられた過去や復讐を原動力とする理由、そしてこれからの決意などを赤裸々に綴った《あの流哲学書》『哲学なんていらない哲学』を発表しました。「当たり前のことを〈当たり前じゃない〉と言うために書きたい。」と書き下ろした本書より、一部を抜粋して紹介します。

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【写真】「逃げることも立派な行動力」とよく言うが、それは「勉強を教わる場所から逃げる」「社会から逃げる」「向き合うことから逃げる」ということではなく…

逃げることも立派な行動力

僕はこれをよく言っている。

僕は学校に行かずに部屋に引きこもる期間を経てこの職業につき、世の中の仕組みも理解できないまま一喜一憂しながらも生きている。

学校に行けてない子から「このままでいいのかな。周りの子は学校に行けてるのに自分だけ行けてなくて後れを取っている気がして不安。このまま消えたい」とか、学校に行っている子からは「学校に頑張って行っているけど毎日しんどくて、死んでしまいたい」「家族ともうまくいかない。居場所がない。学校ではいじめを受け続けている。でも学校に行くのをやめたら逃げていることになる。その先の将来が不安だから、毎日薬を飲んだり、体に傷をつけたりしながら学校に行っている」といったDMが届いたり、そんな誰にも話せない悩みやディープな秘密のお話を聞かせてくれたりする。

僕は学校に行かないことを肯定するつもりもないし、学校に行けるなら行ったほうがいいと思う。学校に行けば必要な勉強や学び、人との関わり方やコミュニケーションなど、家にいるだけじゃ知れないことをたくさん教えてくれると思う。もちろん、学校に行きたくなくても行っている子も偉いと思うし凄い。

人の数だけ学校や会社に行きたくないという理由はあると思うけど、学校に行きたくないのに自分は周りと同じことが本当はできないのにしんどいのに、学校に行き卒業したならば、それほど強いことはないと思う。

あの狭い同調圧力の塊みたいな空間で、自分を見失わず生きるのは凄すぎるんだよ。もしそんな子がいたらもっと自分を讃えてほしい。

だけど、学校に行かない、行けないからってそれがダメなことだとは一切思わない。学校に行けない自分を責めないでほしい。

学校や社会、生きていて死を考えるほど抱えきれないものに押しつぶされそうな時、逃げてほしい。

周りに後れを取ってしまうなんて思わなくていい。周りに後れを取って逆走しているように見えても別の方向に確実に進んでいるから。止まっているように見えてもじりじりゆっくりと進んでいるから。日々は僕たちのために止まってくれない。

『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)

画像提供:『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)

小学5年生の時、隣のクラスがものすごく荒れていて毎日のように窓ガラスが割れていたり、授業がなくなったり、先生へのいじめが酷かったりしてよく問題になっていた。

同じ部活だった子がそのクラスにいた。その子が「うちのクラスやばくてさぁ、全員先生のこと嫌いだからみんなでずっとシカトしてたら先生が怒り出して。みんなで『帰れ帰れ』って言ってたら本当に教室から出てって(笑)。だから授業なくなって最高だった」と言っていた。

「またXXが窓ガラス割って、XXと先生が喧嘩して。先生泣いてて何言ってるかわかんなくて面白すぎた」とかそんな話をみんなに聞こえる声で友達にだけ話しているみたいな顔でよく話していた。

僕がその発言を聞いた数日後、先生は死んだ。

死んでからもそのクラスは何も変わらず、別の若い先生になった。その先生も、何週間、何ヶ月と時間が経つにつれて体調がおかしくなり、気づいたら退職していた。

渦中にいないのに見かけたものだけでも話を聞いているだけでも胸糞悪くて、「死ぬ前に何でこんな学校やめなかったんだよ、こんな奴らのために何で頑張っちゃったんだよ」と当時思った。

怖かった。大人の事情や難しいこと。先生の愛情、プライド、ポリシー、何があったかは僕にはわからないけど、どんな理由であれ死ぬなら逃げてほしかった。

「逃げることも立派な行動力」とよく言うが、それは「勉強を教わる場所から逃げる」「社会から逃げる」「向き合うことから逃げる」ということではなく、死ぬことから逃げるということだ。

死ぬぐらいなら自分を傷つけるぐらいなら逃げるべきだと僕は今でもそう思う。

闇から逃げているだけであって、光に立ち向かっているんだから。

ここから逃げても、まだまだ世界は広い。僕は当時学校から逃げた。だけどそこから逃げなかったら、見られなかった景色や体験がたくさんある。その分、壁も弊害も闘わなきゃいけないこともある。

どれもこれも全部あの時死ななかったから体験できたこと。逃げてよかった。

※本稿は、『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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