ふじきみつ彦「<ばけばけ>は、トキが何者かになるわけでもなければ成長もしない物語」錦織友一の名前の理由は…
03/16 08:30
婦人公論.jp

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高石とトミーの演技にリアリティ
<ふじきさんは、広告代理店勤務を経て、コントや小劇場の世界へ。『ばけばけ』に司之介役で出演する岡部たかしさんとは、演劇ユニット「切実」を組むなど、ユニークなキャリアの持ち主だ。連続ドラマを1人ですべて書いたのは1回2分30秒の『きょうの猫村さん』(2020年)と1回30分の『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(全7回、2021年)だけ。制作側からは「朝ドラっぽくないものを書いてほしい」というオファーだったという>
母親が松江の出身で、僕自身、小泉八雲は知ってはいたけれど身近ではありませんでした。朝ドラを書くことになった時、小泉セツさん以外にも候補があって。最終的にセツさんに決めた理由のひとつが「ヘルンさん言葉」です。
セツさんは、ハーンさんの日本語の理解を助けるために、独特の言葉を使っていました。「ヘルンさん言葉」なら、丁々発止というよりも、ゆっくりとかみしめるようなコミュニケーションになると想像できた。僕は会話劇が好きですし、おかしみがあって、愛おしさもあるような会話が描けると考えたんです。
オーディションを経て、トキ役が高石あかりさんに、ヘブン役がトミー・バストウさんに決まった時、お芝居でありながら2人の存在にリアリティを感じました。画面の向こうは本当に明治初期の松江のよう。実在した人をドラマで描くのは初めてでしたが、ドラマを見ていてこんなにも愛おしく感じられることがあるのだと驚きました。
個性的な松野家
<怪談オタクのトキ、いい加減で適当な司之介、夫に突っ込みを入れるフミ、明治の世に変わっても武士として生きる勘右衛門。松野家を中心に、個性的なキャラクターによる真剣だけれど、ちょっとずれた会話劇が笑いを生み出している>

トキや松野家の設定をどう作るかは、だいぶ悩みました。トキは武士の娘だから、はしゃがない方がいいかなと思っていたんです。トキは父である司之介のことを立てるし、妻であるフミもあまり会話に入ってこない。そういう真面目な方向で考えていましたが、どうしてもうまく書けなかった。
初回で、松野家は家族そろって丑の刻参りをします。実は当初書いていた脚本は、放送されたものとは全く違いました。勘右衛門もいなかったし、トキが立ったまま寝るシーンもなかった。あまりうまく書けていないと自分でも思っていたので、書き直すことにしたんです。
脚本の会議では、武士然とした勘右衛門が「丑の刻参りの場にいたらおかしい」という意見で一致していたんですが、制作側には無断で勘右衛門もその場にいることにした。「丑の刻参りをするには最高の夜じゃな」という司之介のセリフにフミが「最高ではないと思いますが」と突っ込み、勘右衛門は「どちらかというと最低の夜じゃな」と言う会話ができ上がりました。ここで、モノを言い合う感じの松野家の家族の形が固まったんです。
『ばけばけ』で好きなキャラクターは勘右衛門です。勘右衛門はすごく大真面目で、ヘブンのことはずっと「ペリー」と呼び続ける。1人だけ髷も落とさないし、木刀を振り回しているけれど、ふざけているわけでもない。そのかたくなさがいい。僕の脚本を象徴するような人物。自分の芯は曲げず、みんなからどう思われるかも気にせずに生きている人が好きです。『ばけばけ』の登場人物は全員が大真面目に生きていますが、その中でも、「まじめだけれどちょっと笑える」ところは、勘右衛門に凝縮されているかな。
日常シーンの描き方
<何も起こらない日々を描いてきた『ばけばけ』。印象的だったのがトキたちがヘブンからスキップを教わった第8週だ。以降、勘右衛門が長屋の子どもたちにスキップを教えたり、嬉しいことがあるとトキが1人でスキップをしたり…。たびたび劇中に登場した>
ヘブンさんという異人が松江にやってきたことによって、いろんな文化やしきたりが入ってきます。たとえば「靴のままで家に上がる」とか、ベタな外国の文化を書くこともできたけれど、そうではない、当時の人たちが知ったら驚く、ちょっとおかしみのあるものは何だろうと考えたら、それがスキップでした。その後、トキやヘブンの心情がスキップで表現されるようになりました。松江大橋でトキがスキップする場面がすごく好きです。

日常の何気ないシーンが注目されていますが、「よし!書くぞ!」と意気込んで日常シーンを書いているわけではありません。たとえば、幼いトキがしじみ汁を飲んで「ああ~」と言うシーンがあります。司之介は「はしたないぞ!」と注意をする。これも、意図はなくて、書いてみたら、たまたまはまった。「ああって言うのは武士の娘ではない」というのは司之介の勝手な思い込み。それを見せることで、司之介のおかしなところを端的に描けると思いました。
トキは大人になっても、しじみ汁を飲んだ後に「ああ~」と言います。『ばけばけ』は、トキが何者かになる物語でもなければ、成長する話でもない。トキはずっとトキのままでいてほしいという僕の思いがある。しじみ汁を飲むトキは、「変わらなさ」を象徴するシーンなんです。
錦織とヘブンの友情は可愛い感じに
<圧倒的な存在感を見せたのが、吉沢亮演じる錦織友一だ。松江に来たヘブンのサポート役で公私にわたり生活を支えてきた。23週では、松江を訪れたヘブンと錦織が再会。ヘブンが著作『東の国から』を書き上げるためのヒントを与えたのが錦織だった>
ヘブンと錦織の組み合わせがすごく気に入っています。錦織の名前は友一ですが、これは「ヘブンの一番の友人」という思いを込めて名づけました。当初は錦織がひたすらヘブンに振り回されていましたが、段々と、ヘブンが振り回していないのに錦織が勝手に振り回されるように。ちょっとかわいい感じに仕上がりました。
脚本を書いている時には、何も大きなできごとが起こらないなかで、2人の間に友情が生まれるのか少し心配だったんです。でも、ヘブン役のトミーさんと錦織役の吉沢さんが脚本を飛び越えて、ぶ厚い友情を作り上げてくれました。
ドラマではヘブンは、『東の国から』に、「出雲時代の懐かしい思い出に。錦織友一へ」と謝辞を記しました。錦織のモデルはハーンさんの親友の西田千太郎さん。ハーンさんが著作で西田千太郎さんの名前を挙げているという史実をもとにしたエピソードです。
令和の世界とリンクする『ばけばけ』
<『ばけばけ』では、時代の変化に戸惑う人たちが、日々を必死に生きぬく姿が共感を呼んできた。一方で、ヘブンが松野家の借金を返したことを報じた新聞記事をきっかけに、トキが町の人の憧れの存在からラシャメン(洋妾)として軽蔑の目で見られるようになったエピソードでは、現代のSNS社会と重なるように感じた人もいた>
『ばけばけ』で今の世の中を描こうと思ったことはないんです。
僕たちがイメージする明治初期は、明治維新や文明開化。学校でも、時代の変化で前向きに盛り上がっている人たちのことを習っていました。

でも、実際には『ばけばけ』で描いたような、時代の変化に立ちすくむ人たちや取り残されてしまった人たちもたくさんいたはずです。
そこが、令和の今と似通って感じた人がいた理由かもしれません。
『怪談』どう描くか
<『ばけばけ』も残りあと2週。熊本編から10年の時が過ぎ、トキたち家族の東京での日々が描かれる。小泉八雲の代表作である『怪談』やセツが八雲との日々をつづった『思ひ出の記』の誕生がどのように描かれるのか注目されている>
『怪談』は小泉八雲の亡くなる直前に出版された作品。『怪談』を終盤で書くということはもともと決めていました。
セツさんがハーンさんとの日々を描いた『思ひ出の記』に合わせて『ばけばけ』の物語を書いてきたわけではないですが、素直にトキとヘブンを描いてきたら、『思ひ出の記』ともつながる2人に着地できて、ほっとしました。
うらめしいことだったり、悲しいことだったり、それがちょっとずつすばらしいものに変わっていく物語です。最後まで見ていただけたらうれしいです。