【あのさんが『A-Studio+』に出演】紅白出場も果たしたあのが環境の変化をたずねられ「必然です」と返したワケ「復讐のためだけに生きて、寝た記憶もないぐらい本気だったから、こうなることは通過点で全て必然でしかないのだ」

画像提供:『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)
2026年3月27日放送の『A-Studio+』にあのさんが登場。中学時代を支えた保健室の先生が語る過去とは。ドラマ出演の裏話なども語ります。そこで今回はあのさんがアーティスト活動への思いを綴った記事(初出:2026年2月24日)を再配信します。
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2025年9月には自身初となる日本武道館公演を開催。音楽活動にとどまらず、ジャンルの垣根を越えて活躍の幅を広げているアーティスト・あの。デビュー5周年を迎え、いじめられた過去や復讐を原動力とする理由、そしてこれからの決意などを赤裸々に綴った《あの流哲学書》『哲学なんていらない哲学』を発表しました。「当たり前のことを〈当たり前じゃない〉と言うために書きたい。」と書き下ろした本書より、一部を抜粋して紹介します。

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【写真】武道館で僕は寝っ転がった。自分の部屋で毎日のように同じ天井を見上げていたあの日の僕が…

全て必然

「何であのちゃんってここまでしてこの数年音楽やメディア全てで寝る間もなく出ているんだろう」と疑問に思っている人も中にはいるはずだ。数年前の自分も「何で? あんなにテレビ出たくなかったじゃん。仕事もしたくなかったじゃん」と言うはずだ。

でも、僕はそうやってアンダーグラウンドだけではなくしっかり世間やお茶の間に僕のまま潜入して、今まで世の中であり得なかったことをあり得ることに変えないといけない。通用させないといけなかったから。僕みたいな人間こそが光を浴びないと今までの呪いに勝つことはできない。

それが僕みたいな人間たちの生きやすくなる術でもあり、復讐だから。


僕たちみたいな人間が「陰で隠れてなさい」と暗黙の了解でアングラに投げ込まれる。そこでしか表現ができないなんてクソ腹立つし不自由すぎて自由にしたい。「当たり前」だったものを「当たり前じゃないよ」と言うために僕が証明したいと強く思った。

復讐だけで飯を食う人間の意地と生き様。

自分を貫く、自分と向き合う、復讐する。全ての孤独はもうどうでもよかった。一人寂しくても苦しくても世間に誤解されても痛みと復讐は僕の強力な仲間。

復讐という一見、負の感情が僕をいつだって爆発させ快進させた。

あの時バカにしてきたアーティストが出た紅白にも出ることができた。日本レコード大賞特別賞も、賞もたくさんいただいた。そのアーティストの中の一人からDMがきて「曲聴いたけどめちゃくちゃかっこいいのね。やられたわ」と言われた。

あの時、嘲笑ってきたタレントたちよりおじいちゃんおばあちゃんも子供も大人も僕のことを今では知ってくれている。「日経トレンディ」の「今年の顔」にも選ばれた。

「環境の変化に驚きませんでしたか?」とか「激動だったと思いますがご自身のこの変化についてどう思いますか?」と聞かれた時「必然です」と返したことがある。

それに対して何でそんな生意気なの? 何でそんな自信過剰なの?と言われていたらしいけど、悪いけど僕は覚悟が違う。

全て必然。復讐のためだけに生きて、寝た記憶もないぐらい本気だったから、こうなることは通過点で全て必然でしかないのだ。

ざまあみろ。

『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)

そして武道館に一人で立ち、360度僕のファンのみんなの想いで埋め尽くされた。歌の途中で歌詞を変えて「あのちゃんは一人で武道館に立てないと言ってきたアーティスト共、ザマーミロ、バーカ」と叫んだ。「なめんじゃねえぞ」と。

武道館で僕は寝っ転がった。自分の部屋で毎日のように同じ天井を見上げていたあの日の僕が一緒に横たわり、武道館の天井を見上げながら「よく頑張った」「これから全部大丈夫になるよ」と言ってくれている気がした。ずっと誰にも言われず、ずっと言われたかった言葉だった。音楽が僕に言葉をくれた。

僕の一人よがりの復讐に、気づいたらたくさんの人がついてきてくれていて、僕も一人ひとりの想いを受け取れることに幸せを感じた。その日は1万2000人の想いを受け取って、この先も僕が僕のままで大丈夫なんだと強く感じ自分自身の呪いに復讐し続けようと誓った。

誰かを堕とすことは絶対にしない。実力で自分が這い上がるだけ。

僕の復讐は未だに続いている。まだまだ直接言われた言葉で忘れられない言葉がたくさんある。復讐し甲斐があるぐらいには。だからこれからも見返し続ける。

いつ終わるのかはわからない。

終わることはないのかもとも思う。

どうなったら終わりかもわからない。

もしかしたらこんな生き方を経た上で復讐をしてやると何度も唱えたクラスメイトたちの《今》のように誰かと心を通わせて結婚して家族を作ったり平和な日常を送ったりすることが一番の最終復讐になり僕が僕を赦す瞬間なのかもしれない。

はたまたそんな未来があってもなくてもなお、復讐を胸に復讐のために生きているのかもしれない。

どうなっても音楽をやっていたい。

復讐は悲しいことでも不幸でもなんでもない。

復讐だけが目的で復讐のために生きていた僕は今、復讐だけじゃない音楽があって気づいたら僕を見つめてくれるあなたと目を合わせて歌を歌っている。

復讐だけで始めたまぼろしがやがて誰かのまぼろしになり同じ場所を見つめている。僕はそれに出会えただけで幸せだ。

復讐で食べる飯はほっぺたが落ちるほどに美味しくてお金なんて一円もいらなかった。

※本稿は、『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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