さだまさし「終活はしない」と決めている。9歳で祖母の死に衝撃を受け、早くジジィになりたかった

さだまさしさん

撮影:本社 武田裕介
ソロ通算46作目、自身通算51作目となるニュー・アルバム『神さまの言うとおり』を発表したさだまさしさん。10作の新曲で構成されたアルバムの表題作は、映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』の主題歌として書き下ろされた。誰もの心に響く珠玉の楽曲はどうやって生まれたのか? さらに自身の仕事との向き合い方、人生観や死生観について聞いた。
(構成:丸山あかね 撮影:本社 武田裕介)

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【写真】歌とトークで観客を魅了するコンサート

監督、よくぞ主題歌を書かせてくれました

映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』のストーリー

真一(橋爪功)千賀子(高畑淳子)大原夫婦を中心に繰り広げられる「お終活シリーズ」は、笑って、泣けて、役に立つをコンセプトに掲げ大好評。『お終活 熟春! 人生、百年時代の過ごし方』(2021年)、『お終活 再春! 人生ラプソディ』(2024年)に続く第3弾『お終活3 幸春!人生メモリーズ』では、長女の亜矢(剛力彩芽)の結婚をめぐって一波乱。一方、真一の後輩・加藤博(小日向文世)は、母・豊子(三田佳子)の認知症を受け入れられずにいたのだが……。

映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』場面写真(橋爪功さん、高畑淳子さん)

娘の結婚式に参列した大原真一(橋爪功)と、千賀子(高畑淳子)夫妻(C)2026「お終活3」製作委員会

――アルバムの表題作「神さまの言うとおり」は、香月秀之監督の熱烈なオファーに答えて、映画『お終活3―』の主題歌として作られたということですが、苦労した点があれば教えてください。

とにかくスケジュールがタイトで。こんなに過酷な要求を出されたのは『北の国から』以来じゃないかと(笑)。通常なら映画の主題歌というのは、まず脚本を読んで、この場面に流れるとしたらどんな歌にするか? と相談しながら作るのに、今回は既に映画はできていて、公開は5月を予定していると。僕のいつものやり方なのですが、今年の1月~3月は5月に発表するニューアルバムの制作にあてるつもりでいたので、最初は物理的に無理だと思いました。

その時点では出来上がった映像に「奇跡~大きな愛のように~」という僕の歌を流しているというので、そのままでいいじゃないと伝えましたが、監督がどうしても新曲でとおっしゃるので、とりあえず映画を観ることにしたのです。その結果、この作品にふさわしいのは「奇跡―」みたいな壮大なラブソングではないなと感じました。そう感じた以上、書き下ろすしかないという流れになり、アルバムに収録することにして着手しました。

それにしても出来上がった映像に歌をはめ込むというのは難しいと最初は途方に暮れてしまい……。「奇跡―」と同じ傾向の歌は作りたくないし、自分にとっても新しいものでないと作る意味がないと考えていて、音楽の神さまからヒントが降りてくるまでにちょっと時間がかかりましたね。うーんと唸っているうちに1月が過ぎ、2月を映画の主題歌作りに費やし、3月だけでアルバム残りの9曲を仕上げることになったのですが、『神さまの言うとおり』という自信作ができたことがツボを押したのか、巡りが良くなって、その後はどんどんアイデアが降りてきたので、今はよくぞ僕に主題歌を書かせてくれましたと、監督に感謝しています。

なんだかんだ幸せなのかもね

この映画は、悪人は一人も出てこないし、かといって偽善者も出てこないというのが自然な感じで気持ちがいいなと。登場する人達は、夫婦喧嘩をしたり、子どもの問題に頭を悩ませたり、認知症の母親に戸惑いながらも寄り添い合い、助け合って暮らしている。こんなに簡単に人助けをすることはないよな、とか思うのですが、観ているうちに「あるかも」と思わせてくれる作品の懐の深さがある。

映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』場面写真(三田佳子さん、小日向文世さん)

真一の後輩・加藤博(小日向文世)は、母・豊子(三田佳子)の認知症を受け入れられず…(C)2026「お終活3」製作委員会

日常生活のあるあるエピソード満載なのも愉快でした。みんなが日常生活の中で躓くところで躓くので、自分を見ているようでクスっと笑ってしまう。橋爪功さん演じる我儘な夫に「うちの旦那とそっくり」と思う人もいれば、高畑淳子さんが演じる妻のイライラぶりに共感する人もいることでしょう。でもきっと観た人はホッとするんですよ。みんなこんな感じなのかって。そして気づくんですよ。なんだかんだ言っても幸せなのかもねって。そこがこの作品の最大の魅力だと思います。

誰の人生にもいろいろなことがあって、愛する人との死別など、辛いことや哀しいことを経験しない人なんて一人もいません。映画には生々しい問題は出てきませんが、現実的にはシビアな試練に直面することもありますよね。それでもみんな乗り越えて生きているということに僕は感動を覚えます。監督は優しい目で人間を見つめ、笑いあり涙ありの作品を作られたのだなと思ったのですが、その感覚は僕の曲づくりの中にもあるというか、むしろ得意分野なので、いい主題歌を作れそうな予感だけは最初からありました。

――『お終活―』というタイトルの映画の主題歌を、華やかなビッグバンド演奏でという発想に驚きました。

全体的にコミカルに描かれた作品なので、明るい曲がいいなと。でも明るいだけではダメで、ゴージャスにしたかった。だって誰の人生もドラマティックで、悲喜こもごもが詰まっているという意味でゴージャスなのですから。

ビッグバンドってシナトラ時代のサウンドなので、懐かしさがあっていい感じだし、僕にとって初の試みだったので「コレだ」と。映画の中で最初に曲が流れるのは結婚式の場面だとわかっていたのでフィットするとは思いました。でも僕としては映画の終盤に妻が掃除機をかけながら、ソファーに座ってる夫に「足どけて!」と言い放つシーンが印象的で。こういうごく日常的な暮らしの場面にビッグバンドの演奏が流れてきたら効果的だと想像力を掻き立てられたのです。

映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』場面写真(橋爪功さん、剛力彩芽さん)

父とバージンロードを歩く亜矢(剛力彩芽) (C)2026「お終活3」製作委員会

口を開けば喧嘩ばかりの夫婦関係も、いつか過去になる。どちらかがいなくなったら寂しいですよ。その時になってはじめて失ったものの大切さに気づく。今がどんなに満ち足りているのかを見つめて楽しく生きましょうよ、という気持ちを歌に込めました。

「神さま」は自分の中のもう一人の自分

――『神さまの言うとおり』というタイトルはどのように考えられましたか?

昭和を生きた方ならきっと、小さな頃に「天の神さまの言うとおり」とつぶやいて、どちらを選ぶのか決めた経験があるのでは。この場合の「神さま」というのは自分の中にいる「神さま」のこと。いつも自分の味方であり、最も信頼できる、自分の中のもう一人の自分ともいえる存在です。だから妙に抗ったりしないで神さまの言うとおりにしていたら、何があっても「なるようになる」というのが持論です。

人生は思い通りにはならないけれど、それはしょうがない。切ないけれどダメなものはダメだと割り切らなくては。でも、なんとかならなくても、なるようになるならいいじゃないかと心に折り合いをつける術こそが、一所懸命に生きていることに対する神さまからの一番のご褒美だと僕は思うのです。

さだまさしさん

「神さまの言うとおりにしていたら、何があっても『なるようになる』というのが持論です」

「自分の人生はこれでいい」と肯定できたら、それほど幸せなことってないなというようなことが今回のアルバムのテーマになりました。どうやら神さまは、同じ時期にあるテーマをパーンと上から投げるみたいなんです。それを僕らのような、ものをつくる人間が受け取って作品にするわけですが、時折、あっ、この人、僕と同じタイミングで同じテーマを受け取ったんだなと感じることも。

僕はこう表現したけど、この人はこんなふうに表現したんだ…と、とても面白い。自分の中でもテーマを料理していく過程で世界観が変わっていきます。出来上がった曲を聴いて、ここへ着地するとは思いもしなかったということもあって、僕はそれが楽しくて歌を作り続けているのかもしれません。

特異な生き方、でもそれが自分の人生

――73歳になられましたが、お終活について考えておられますか?

終活はしないと決めてます。行き当たりばったりで、倒れたところが終点だと。もっとも理想的には死ねませんから、それこそ神さまの言うとおりにするしかないのですが、そもそも高齢者になった自分が、若い頃に思っていた大人とはかけ離れているのでピンときませんね。今も学生時代の仲間と月に1度くらい集まってゴルフ大会をしているのですが、プレイ中に僕がふざけていると「おまえ、それいつまでやるの?」と言われます。「一生」って答えているので、やっぱりお終活って感じじゃないですね。

終活が無意味だというのではありません。でも僕は規格外な人間なので…。

――映画の中心となっているのは熟年夫婦ですが、さださんが日常で心掛けておられることがあれば教えてください。

自分は規格外の人間だと言いましたが、つまり浮世離れしているということでね。だって僕は3歳でヴァイオリンを始めてからずっと音楽と共に70年間も過ごしてきて、音楽に関わっていない記憶はほぼないんです。歌を作り、歌って歌って歌って、全国ツアーをして、レギュラー番組があってと9割方が仕事で、日常生活は1割程度しかない。これってかなり特異な生き方で、でもそれが自分の人生だと思っています。第一、普通の人のコンサートなんて誰も来ませんよ。変な人が何をしているのかと興味を持ってコンサート会場へ足を運んでくださるのでしょう? 変さを維持するためには何かを犠牲にしないと。(笑)

20歳の時にフォークデュオ・グレープとしてデビューされて以来、たくさんのヒット曲を手掛けてこられましたが、苦しい時期もあったのでしょうか?

ありがたいことに73年にデビューした半年後に「精霊流し」が大ヒットして「無縁坂」へ続き、76年にソロ活動を開始してからも「雨やどり」「関白宣言」「秋桜」と好調だったもので、もっと有名になりたいとか、もっと認められたいともがいたことはないのです。でも悔しいことならありましたよ。たとえば「精霊流し」は当初、こんな暗い歌が売れるわけないと言われていた。5分以上もある曲はラジオの放送枠からはみ出しちゃうから流せないとダメ出しされたりね。でも今ではクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」を僕らが先に超えたというのが自慢です。(笑)

この仕事に毀誉褒貶はつきものだとはいえ、人間だからボロボロに批判されるとキツくてね。若い頃は孤独な山道を走り続けていると思っていました。でも、ある時、友達に打ち明けたら、「何言ってんだよ、お前は満席の国際競技場をグルグル回ってるだけじゃないか」と言われて、ハッとしたんです。以来、音楽の神さまに感謝するようになりました。

音楽の可能性を信じている

――年を重ねて失ったものはありますか?

正直なところ、いつまで歌っていられるかなと考えてます。ギリギリまで音楽をやれるといいなとは思うのですが、ギリギリってどこなの? というのが問題で……。僕らの仕事って同情されたら終わり。「こんなお爺ちゃんが頑張って歌っている」と思われたらアウト。「自分以外にこれができるアーティストはいないだろう」と言えるパワーがないとステージに立ってはいけないというか、怖くてステージに上がれません。だってお金をいただいているのですから。しかも僕の場合、喋って歌っての一人ミュージカルですからね。(笑)

グレープのコンサートの模様

撮影:田中聖太郎

最早ヒット曲が欲しいという気持ちはありません。これまでだってヒット曲を作るぞと思って歌作りをしたことは一度もないんです。ただひたすらに自分の音楽を高みに登らせ、お客さんに納得して受け入れてほしいという一心で走り続けてきました。コンサートも、どれだけお客さんに喜んでいただけるかが僕のテーマなのですが、つくづく厳しい世界だなと感じます。チケット代が1万円のコンサートなら、最低1万5000円相当のステージをやらないと次から来てくれませんから。

若い頃はもっともっととクオリティを高めることに努めていましたが、高めたクオリティを保ち続けることの大変さと言ったら……。放っておいたら体力や気力は低下していく一方なのに、そこをググっと底上げして現状維持しているというのは、たとえて言えば、エスカレーターを逆走しているようなもので、疲れないはずがない。歳を取ればあたりまえのことですけどね。

――年を重ねて得たものはありますか?

これが人生の味わい深いところで、年を重ね、経験を積み重ねてきたからこそできることや上手くなることもあるんですよ。今回のアルバムができた時も、まだまだできるじゃないかと自分を褒めました。『お終活3―』の主題歌をどうしようと思っていたらビッグバンドという発想が降りてきた。そうか、この手が自分の中にあったかと嬉しかったのですが、長く音楽を続けてきたからこそ引き出しが増えていて、まだやっていないサウンドにたどり着くことができたのだと、大きな自信につながりました。

僕は音楽の可能性を信じています。神さまからテーマを受け取って歌を作ってはみたものの、芯がズレていたりして、とんでもないものにしたといった反省を繰り返してきました。ところが試行錯誤もちゃんと肥やしになっていて、思い描いたビジョンを上手く形にする力を備えたのを感じます。

さらにここへきて、映画作品とのコラボという試みが新たな扉を開いてくれました。僕がまだやっていなかったことを引き出してくれたのです。しかも表題作に続いて次々と。だから今回のアルバムは面白いですよ。今までにない10通りの僕、10通りの音楽を並べていますから。これもさだまさし、これもそうなの? と驚きつつ、楽しんでいただけると思います。

グレープのコンサートの模様

撮影:田中聖太郎

音楽家としてできることは全部やりたい

――最後にさださんの死生観について伺いたいと思います。

祖母が他界したのは9歳の時。人はいつか必ず死ぬんだということを知って大きな衝撃を受けました。そこからは自分もいつか死ぬのだ、命には限りがあるということが生きる前提になりましたので、今を大切にしながら、悔いのないように、音楽家としてできることは全部やりたいと思っています。

若い頃から自分がどう老いて、どう死んでいくのかに関心がありました。若いというのは未熟なことだと思っていたので、早くジジィになりたくて、ジジィとばかり酒を飲みに行っていたのですが、みんな生き方に説得力があってかっこよかったんですよ。自分がジジィになった今、若い人達をもっと引っ張れるような存在にならなくちゃいけないなと感じます。

ただ時代とともに音楽の世界はめまぐるしく変わってきたし、これからも変わり続けていくことでしょう。どんなに時代が変わってもいいものはいいのだけれど、音楽性について若い世代の人達と価値観を共有するのが難しいというところに来ている気がします。だから僕は僕のやり方で淡々と歩んでいくから、共感する人はついてきてというスタンスです。

自分は音楽人生という山の5合目くらいまで来ている感覚なのですが、死ぬまでに8合目までたどり着けるだろうか? という不安を抱えています。50年間にわたり、お客さんと足並みをそろえて山を登ってきましたが、この際、酸欠するお客さんがいたとしても一気に8合目まで行っちゃおうかな、そろそろ自分のやりたいことをやったほうがいいんじゃない? と思い始めていて……。実はまだ本当にやりたい音楽を心に秘めているのです。何をやりたいのかのヒントが今回のアルバムにいっぱい入っていますので、ぜひ、さだまさしの知られざる世界観に触れてください。

さだまさしさん

「実はまだ本当にやりたい音楽を心に秘めているのです」

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