ロヒンギャ虐殺6000人…“世界最悪の迫害”を描いた映画『LOST LAND/ロストランド』が突きつける沈黙の罪
05/06 11:00
「世界で最も迫害されている民族」と国連が位置づけたロヒンギャ。2017年の軍事掃討作戦では、わずか1カ月で少なくとも約6000人が殺害され、5歳未満の子ども730人も犠牲になったとされる。いまも約110万人が難民キャンプでの生活を強いられるなか、その現実を“子どもたちの旅”として描いた映画『ロストランド』が公開された。監督の藤元明緒は、なぜこのテーマに向き合ったのか。
長きにわたってタブーだったロヒンギャの問題
世界で最も迫害されている民族と国連が位置付けたミャンマーの少数民族ロヒンギャ。1982年に制定されたミャンマー市民権法によってミャンマー政府から、いきなり国籍を剥奪されて無国籍にされたこの民族は、公民権を失い、国内でも移動の自由が認められず、居住地を限定されるなど、複合的な弾圧を受けていた。
ミャンマー政府の目的は、ロヒンギャが居住する西部ラカイン州を横断するパイプライン利権の独占とも言われているが、ミャンマーの人口の9割は仏教徒であり、イスラム系であるロヒンギャに対する宗教差別=ヘイトクライムの側面もある。
1950年代には国会議員や閣僚まで輩出していたロヒンギャの国籍を剥奪し、仏教徒との婚姻も制限するという凄まじい人道破綻であった。さらに国外への追い出しを狙ったミャンマー国軍は2017年8月25日から軍事掃討作戦を展開する。
このときは、一か月間で、少なくとも約6000人のロヒンギャが虐殺され、5歳未満の子供730人も含まれていたことが「国境なき医師団」によって報告されている。
居住地に対する焼き討ちや兵士による組織的なロヒンギャ女性に対する性テロリズムは凄惨を極め、直後に約80万人が隣国バングラデシュに難民となって流出した。
その後、2021年に起きた国軍クーデターによって、更に弾圧に拍車がかかり、現在、このバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプには約110万人が押し込められている。
「ロストランド」は現在も厳しい迫害の中で生活を強いられるこのロヒンギャの姉弟シャフィ(5歳)とソミーラ(9歳)が叔母とともに難民キャンプを出て、マレーシアに暮らしている両親に会いに行くロードムービーである。
ロヒンギャの問題に触れる事は、ミャンマー国内外の民主化勢力の中でも長きにわたってタブーとされていた。アウンサンスーチーや日本で暮らすNLD支持者も口を閉ざすか、もしくは「彼らは違法移民のベンガル人であってミャンマー国籍は奪われて当然」等々、政府が流している歴史修正に基づく排外的な見解を発信していた。
SNSでは、ロヒンギャの男性が仏教徒の女性をレイプしているなどと、根拠の無いデマが拡散され。国連はFacebook社がこれらのヘイトスピーチを野放しにしており、憎悪扇動に加担してことを報告書に上げている。
すでにミャンマー市民権法制定から40年以上が経過しており、分断は一般市民の中でも深刻に刷り込まれている。
筆者の知る限り、ロヒンギャに対して科学的で人道的な知見を公言している在日ミャンマー人は、大阪在住のアウンミャッウインだけである。
デビュー作「僕の帰る場所」で難民申請中の在日ミャンマー人家族を描いた藤元明緒監督がミャンマー国内で最も被差別の地位にあるロヒンギャをいかにして知り、モチーフにしたのか、そのプロセスにまず興味が湧いた。
「僕が最初にミャンマーに行ったのが2013年なのですが、ロヒンギャについてはその当時から、現地の人々の口から聞いていました。旧首都のヤンゴンなどでは、訊ねてもいないのに、いわゆるロヒンギャヘイトを言われるので、なぜ、そこまでロヒンギャを嫌うのか。それで逆に興味を持ったんです。
体験として大きかったのは、やはりラカイン州で軍事掃討作戦が起こった2017年8月ですね。当時は、ミャンマー国内の撮影現場にいたんですけれどもロヒンギャの虐殺については絶対に触れてはいけない空気があって、周囲の人間が誰もかれもそのことを一切話さないんです。
すごく強烈な違和感、居心地の悪さを感じたというのが、振り返ってみると大きな経験だったと思います。だから映画にする前はもう(ロヒンギャについて)人に聞くこともやめていましたが、映画を撮ると決めてからは、記者の方のレポートや国外に住んでいるロヒンギャの人々に聞いて取材を進めました」
ドキュメンタリーのようなリアル
「僕の帰る場所」からミャンマーの問題を掘り下げていく中でぶちあたったのが、ロヒンギャのテーマ、いわば必然でもあったといえよう。
本作の主人公のシャフィとソミーラは、ブローカーの手配した漁船に押し込められて海を渡り、上陸後は、人身売買の魔手を逃れ、密林の中で飢えと戦いながら、ひたすら目的地を目指す。
これらのトピックは監督による綿密な取材に基づいている。実際にロヒンギャの子供をさらう組織はインドのコルカタに存在しており、私もバングラデシュのキャンプで逮捕された現場を目の当たりにしている。
本作は劇映画ではあるが、かようにドキュメンタリーのようなリアルを醸し出している。それは道行きの二人がロヒンギャの実の姉弟であり、演技以前にその属性と存在感が大きく影響しているように思える。
––––あの二人は、5歳と9歳。ミャンマー国外で生まれたロヒンギャ難民二世と聞きました。姉弟は自分たち民族が実際にどのような迫害状況に置かれているのか、実際どの程度、理解をしているのでしょうか。
「お姉さんのほうは、撮影当時 9 歳で、彼女が通っているプライベートスクールで同胞の子供からいろいろ実態を聞いていたのですね。『自分は(映画のように)先週、船に乗ってここにやって来たんだ』という子もいるんです。今、自分たちが置かれている状況というのはあのお姉さんに関しては理解していたはずです。弟はまだそこまでは考えていないかもしれません」
––––被差別の属性にある当事者、それも役者ではない素人がドキュメンタリーのように演じるという手法はボスニアの監督、デニス・タノビッチの「鉄くず拾いの物語」が知られています。あれはロマの女性が保険証がなくて手術を受けられないという新聞記事を読んだタノビッチ監督が、この問題は告発しないといけないと、ロマの当事者たちを役者に据えて撮影したものです。主人公の夫のナジフ・ムジチはベルリン映画祭で主演男優賞を受賞しましたが、演出方法として「鉄くず…」は意識されたのでしょうか。
「そうですね。その『鉄くず拾いの物語』とこの『ロストランド』は何が大きく違うかというと、当事者が経験したことをそのままやっていないっていうことですね。
ソミーラとシャフィは海外生まれの二世ですので、国外に逃れてきたときのことは、親からなんとなく聞いてはいますが、実際にロヒンギャとして脱出した経験はありません。自分のリアルを再現するのではなく、自分に起き得たであろう事実をイメージして演じています。
パラレルワールドで自身を演じていくという距離感が微妙に『鉄くず拾い』と違っていると思います」
「差別していく素養はもう日本人も持っているので」
––––あの二人は無国籍状態に置かれているロヒンギャですから、パスポートを持てず、自由に海外に移動できない中、どのように撮影されたのでしょうか。作品を見ると、生地のミャンマー、難民キャンプのあるバングラデシュ、そして目的地のマレーシアと三か国を移動していますね。
「これは彼女たちのセキュリティに関することなので、どこでとは具体的には言えませんが、一か国、それもあの姉弟が暮らす周辺で全部撮影しました」
––––ロヒンギャが晒されている状況は深刻で、ミャンマーの公教育の歴史教育の中でも違法移民だと刷り込まれているわけで、仏教右派だけではなく、一般的な市民もまた迫害に加担させられています。根強い差別ですね。
「そうですね、そう感じます。政治家や軍、一部の国粋的な人だけではないですからね。国として、個人の問題以上のことが起きている。日本人としてもすごく怖いというのは感じます。差別していく素養はもう日本人も持っているので」
––––一方でフランスの上映でこの映画を見たミャンマー人が、『自分たちはロヒンギャに対する偏見があったが、その気持ちが変わってきた』という発言をされたと聞きました。偏見を解く反応は他に出て来ているのでしょうか。
「フランスでの出来事は嬉しかったですね。上映の後、僕たちの配給宣伝チームにそういう声が届いたのです。そしてこのエピソードを僕が外国特派員協会の記者会見でしたところ、そこに来ていたタイ人の女性ジャーナリストも『私もそのミャンマー人と同じように考え直しますね』とわざわざ言いに来てくれました。
これなどはロヒンギャの出演者たちに聞かせてあげたかった言葉です。映画はより多くの人に届けるという使命もありますけども、たった1人の心の中に思いが宿るということも大切で、これだけでも制作して良かったと感動しました」
––––2021年2月1日には、ミャンマー国軍によるクーデターが起きました。NLDが大勝し、国軍系の政党が大敗を喫した選挙の結果を尊重せずに、ミンアウンフライン将軍は非常事態宣言を発令して権力の座を奪ってしまいます。
このクーデターで、それまで『我々の軍隊がロヒンギャを殺害などしていない』『そんなのはフェイクニュースだ』と言っていたビルマ族を中心とした他民族のマジョリティからもようやく真実が分かったという発言が出てきました。クーデター後にロヒンギャを取り巻くミャンマー社会のそういう変化については、感じたことはありますか?
「それについてはすごく衝撃を受けたことがあって、あれはヤンゴンの路上だったと思うんですけど、ひとりの若者が『ロヒンギャの痛みが分かる』というプラカードを持って立っている写真を見たんです。それは強烈なインパクトがありました。
あの時点でヤンゴンの路上でひとりでロヒンギャに言及して抗議するというのは、相当のリスクがあったと思うんです。僕は恥ずかしくなってしまいました。
ミャンマーにはそれまで縁が積み重なって10 年間通って来ていましたが、それは嘘で固められたものだったのかとも考えてしまいました。クーデター以降、僕もミャンマーに行けなくなったし、この映画を撮ることによってミャンマーでの友人関係が壊れてしまったとしてももうそれは気にしないでおこうと思っています」
「家に帰る」というキーワード
––––映画について話を戻しますと、監督が最後にキーとして出してくる「家に帰る」というワード。放り出されて寄る辺が無い姉弟で当てにする住所も分からず、要はただ迷い続けているのですが、この「家に帰るよ」という言葉でソミーラがシャフィを励まして旅を続けていく。
バングラデシュのロヒンギャの難民キャンプでは、ロヒンギャ語とミャンマー語を学ぶんですよ。そして必ずミャンマー国家を斉唱した後に勉強を始める。つまりあの110万人のロヒンギャ難民たちは、こんなひどい目に遭いながら愛国心を持ったまま、故国ミャンマーの家にいつか帰るために学習をしている。
で、将来の君たちの将来の夢は? と問うと、ほとんどの男の子がミャンマー軍に入りたいと言う。君たちを襲ってきた人たちじゃないの?と聞くと、だから僕たちが入隊してこんなことはやめさせるんですと語る。
こういう形で迫害を受けたら、報復するとか、ラカイン州は分離独立するぐらいのことを言うと思うのですが、ミャンマーという家に帰りたいというのですね。こういうロヒンギャのアイデンティティも監督自身が取材されている中で気づかれていたのでしょうか?
「そうですね。家に関しては本当にロヒンギャの人たちは、ミャンマーという国に対する思いというのが強烈にありますね。いつかは国籍を取り戻してミャンマー市民になるという悲願です。一方でそういう一世から生まれた在外の二世、三世の子供からすると、親の言っていることは分かるけど、その故郷というものが、生まれた場所も含めて様々にありますね。
要は迫害されて追われている民族にとって『家』とはいかに重いものであるか。僕は思いとしての『家』というのを映画としてすごく反映させたかったのです。だから取材中も撮影中もそこは意識的に積み重ねてきました。『家』への思いを共有して見てくれている観客の人とも連帯していきたかったのです」
––––ロストランドというタイトルはその家をなくした喪失感とリンクしていると思うのですが。
「まさにそうですね。やっぱり映画は痛みを描く芸術だと思います。お客さんたちには、彼らの痛みを客観的に見て、それが、自分たちの主観的な痛みになっていってほしい。ロヒンギャ以外の人にもあの言葉は通じると思うんです。故郷を失うという意味合いは、体を失うということと同義で、必然的なタイトルだったと思います」
ロヒンギャの人々を使ってロヒンギャの映画を撮った意味
––––最後の問いです。藤元監督は過去の「僕の帰る場所」「海辺の彼女たち」も含めてシャープな画づくりで社会問題のリアルを描き出しています。
今回の「ロストランド」でも感じたことですが、迫害の構造については敢えて触れられていない。ロヒンギャという固有名詞は出てきますが、それがいったいどういう背景のどの国の民族なのか。また彼らの家が燃やされているシーンがありましたが、誰が攻撃してきたのか。加害者であるミャンマー国軍という固有名詞が出てこない。
さらに言えば、日本人監督としてこのロヒンギャの虐殺に加担してきた日本政府の責任についての言及。日本はクーデター後もミャンマーの軍人を留学させて教育訓練させていた。「国軍は日本によって作られたと言っても過言ではない」とミャンマー軍の中将自身が語っています。
そして駐ミャンマー丸山市郎日本大使(当時)はかつてBBCに出演して「ロヒンギャの迫害にミャンマー国軍は関与していない」「ロヒンギャは(違法移民を意味する)ベンガル人」という度し難いヘイトスピーチを発信して、外国人記者が呆れるほどのゴマを国軍にすってきた。
欧米諸国がロヒンギャ迫害に制裁を科す中で日本政府は「独自外交」の名の下にこれを看過し、結局クーデターを起こされて大恥をかいた。
しかし丸山は退官後もこのロヒンギャヘイトを撤回していない。もちろん映画は社会問題の啓蒙の装置ではないです。ただ、主人公の二人をあんなに苦しめている背景には、未だにミャンマークーデター政権と親和性を持ち続けている日本の責任が大きくあることをこの問題を追ってきた者として、もちろん映画の中ではなくともどこかで伝えてもらいたいという思いが私にはあります。
「そうですね。映画的なことで言えば、やはり主人公の姉弟、あの子たちの知識量、記憶以上のことを語ってしまうと、僕が彼らに言わせる構図になってしまうのでそれはしたくなかったのです。なるべく映画館に来た人が彼ら子供と同じような知識で見てもらいたいというのが、まず演出上ありました。
ただ何か芸術的に作った映画の1 本だけじゃなくて、やはり世の中にある様々なものと連帯はしたいとは考えています。木村さんも含めて多くのジャーナリストとも連動していきたいですし、ロヒンギャ問題にタッチしてる方は存じていますので、そこのハブになって広げていきたいという気持ちは強いです。そっちは記者さんたちに任せましたではなくて、一緒に進めていきたいという思いです」
日本人監督がロヒンギャについての映画をロヒンギャの人々を使って撮ったのだ。考えてみればそれがすでに答えである。在日のロヒンギャの人々は本作の存在に感謝し、上映に全面的な協力を捧げている。一人でも多くの人に観てもらいたい作品である。
文/木村元彦