これは酷い!「ルールを守れなかったこの試合は無効だ!」メキシコで起きた「34秒早い終了ゴング」の“大事件”で王座を失ったプロ女子ボクサー葉月さなが激怒して悲痛の訴え!

 奪われた”34秒”が物議を醸している。現地時間の今月7日にメキシコのベラルクルスで行われたWBC女子シルバー・アトム級タイトルマッチ(JBC非公認、2分×10ラウンド)で34秒早くゴングが鳴らされるという不手際が起きた。王者の葉月さな(40、福岡・白銀ジム)は挑戦者のエスネイディ・ロドリゲス(メキシコ)に0-3の判定で敗れて初防衛に失敗した。ただ、右ストレートでぐらつかせた5ラウンドに、女子の正規時間の2分よりも34秒早く終了のゴングが鳴らされるという不手際があったため、葉月陣営は「団体としてルールを守れなかった以上は、試合は無効試合にして欲しい」と訴え、WBCへ抗議文を提出した。葉月は、キャリア10年の“シングルマザー”ボクサーで戦績は22戦12勝9敗(6KO)1分。

 JBCは試合を大きく左右するものではなかったと判断

 こんな“ルール違反”があっていいのか。女子ボクシングは1ラウンド2分で行われるが、その正規の時間より34秒も早くゴングが鳴らされるという問題のシーンは5ラウンドに起こった。開始1分。葉月はボディーからのコンビネーションを決め、バックステップを踏んでから繰り出したカウンター気味の右ストレートを顔面にヒットさせた。挑戦者はバランスを崩して後ずさりした。葉月は、そこから一気に畳みかけ、ダウンまで持ち込もうとしたが、相手も猛反撃で抵抗。壮絶な打撃戦となったところで、このラウンド終了を告げるゴングが鳴ったのだ。
 中継映像のタイムは残り34秒と記されていた。
「あのラウンドで倒せる感覚があった。踏み込んだ右ストレートが当たり、その後も左フックが入ったときに相手が露骨にいやがる顔をした。ダメージを与えていたと思う。ノックアウトもあり得た状況。そのとき、レフェリーがストップの合図をしたので”あれっ”となった。なぜ?終了のゴングは早いと思いました」
 コーナーに戻った葉月は、怪訝な表情を見せていた。
 「スタッフが”時間が残っていた”と抗議し、その様子を見たスーパーバイザーが何を騒いでいるんだという感じで振る舞っていたので、そういう表情になったんでしょう。ただ、その時点でスーパーバイザーは時間が早かったとは気づいてなかったみたいです」
 陣営は試合中に何度も抗議したが、運営側の反応はないまま試合は続行された。
5ラウンドを”強制終了”させられた葉月は、6ラウンド以降、複雑な思いを胸にしまい、集中力を切らさないように戦った。しかし、挑戦者のロドリゲスも”ライオン”の異名通り、激しく応酬。試合は、一進一退のまま終了して判定へ。結果93―97が2人、94-96が1人の0-3の判定で、葉月は1年前にタイに渡って奪ってきたベルトを失うことになった。それでも判定結果を聞いた直後には悔しさを押し殺して拍手で勝者を称えた。
 試合後、葉月陣営は控え室で通訳をまじえてスーパーバイザーのジョエル・カンピュザノ氏に改めて抗議。すると「終了のゴングは早かったけれど、あのラウンドのスコアは3人とも葉月を支持しているので問題ないだろう」との見解を下された。
 さらに帰国後にJBC(日本ボクシングコミッション)に“援軍”を求めた。JBCは「WBCシルバーは非公認のタイトルだが、遠征を認めた以上、責任はある」として試合映像を複数のジャッジを交えて検証した。
「映像で確認する限り正規の時間より早くゴングが鳴らされている。これは運営側の大きなミス。あってはならないこと。ボクシングは何が起こるかわからない競技だが、地元選手のKO負けを救うためという意図的なゴングとは判断できなかった。タイムキーパーの単純な計測ミスだったのではないか。このラウンドはジャッジの3人は葉月選手を支持していたし、相手の選手は、右のパンチを効かされた後にも反撃していた。次のラウンドもダメージを感じさせることなく手を出している。試合の勝敗を大きく左右するミスではなく、JBCとして無効試合を訴えるまでの結論には至らなかった」
 JBCは、こういう判断を下して試合を運営統括したメキシコのローカルコミッションへの正式抗議は行われなかった。
 しかし、葉月はとうてい納得できるわけがなく、この場面について自身のXに「こんな事あっていいわけない。ルールが破られた上での勝敗は無効であるべきだ。私は抗議する。拡散をお願いします」と投稿。

 

 

 その上であらためてこう続けた。
「WBCはこの試合を2分×10ラウンドと決めている。ルールを守れなかった以上は対処し無効試合にしてほしい。私には19分26秒しか与えられなかった。潰された30秒でダウンを取っていたかもしれないし、ストップさせて勝っていたかもしれない。それは可能性でしかないが、機会を失った。女子にとって30秒は大きい。時間管理に失敗があってはいけない」
 さらに「試合を大きく左右しない」というJBCの見解についても「何も動きがなかったラウンドならともかく、ダメージを与えての終盤の30秒は大きな意味を持つ」と反論している。JBCに対しても「WBCのシルバータイトルに日本は加盟していないが、今回の遠征に関して申請し許可も出している。何らかの形で関与してくれてもいいのに」と不満を漏らした。
 これらについてXのフォロワーやYouTubeチャンネルでは「シルバー選手権だからこんなことが起こるのか」「5ラウンドの終わり方は不快だ。レフェリーはなぜ、30秒前に戦いを終わらせたのか」「アウェイだからとかっていって許されるレベルじゃない」といった声が世界から届いている。しかし、葉月は「思ったよりも反響が少ない。被害妄想のように思われるかもしれませんが、男子だったらもっと騒がれているはず。女子ボクシングは認められていないんだなと感じ、歯がゆいです」とやるせなさを感じている。
 過去に意図的にゴングが早く鳴らされたケースは少なくない。
古くは1988年6月にWBC世界ストロー級(現在ミニマム)王者の井岡弘樹(グリーンツダ)が、ナパキャット・ワンチャイ(タイ)とのV2戦で最終回に猛攻を受けたが、30秒近く早いゴングに救われ、辛くも判定勝利した。“疑惑のゴング”として問題となったが、WBCは裁定を変えることはなかった。ただタイ側の抗議によりダイレクトリマッチとなり井岡は判定で王座から陥落した。
 WBC世界フライ級王者の勇利アルバチャコフ(協栄)は、1993年3月に敵地でムアンチャイ・キティカセム(タイ)と再戦した。7ラウンドにダウンを奪い、さらにラッシュした際に30秒早くゴングが鳴らされ、ムアンチャイは救われた。だが、勇利はそんな敵地の洗礼をものともせずさらに攻撃の手を緩めずに9回にTKO勝利した。
 これらは、いずれも意図的と見られる疑惑の“不正”ゴングだが、2018年12月に大阪で行われたストロング小林佑樹(六島)と栗原慶太(一力)のOPBF東洋太平洋バンタム級王座決定戦では、6ラウンドが3分ではなく4分も行われ、途中1分のインターバルの時間も間違うなどタイムキーパーの完全なミスによりゴングが遅く鳴らされたケースもある。
 計4度のダウンを奪った栗原が勝利したが、この試合も無効試合とはならずJBCの謝罪と関係者への処分だけで済まされて物議を醸した。

 

 

 葉月の本名は脇山さなえ、6歳で親に捨てられ、弟とともに児童養護施設で育てられた。17歳で長男・玲志さん(22)を出産。その後、弟の死をきっかけに2014年11月、30歳でプロデビューした異色のシングルマザーボクサー。第7代東洋太平洋女子ミニマム級王者にも輝いており、その生き様は映画「雲旅」にもなったほど。
 それだけに運営の不手際の中でベルトを失ったことのショックは大きい。
「弟の死と息子に背中を見せたいという思いがボクサーになったきっかけ。ボクシングは、自分を誇れる唯一のものです。長男も再びボクシングを始めており、一緒に上を目指していきます」
しかし葉月は心を折らない。
 これまで何度も再起しており今後も現役にこだわる。
「少しずつ体を動かしています。このままでは終われない。WBCへ抗議するには個人で文書を出しても通りにくいということなので、みなさんの力をお貸ししてもらえれば」
世論をバックに白銀尊道会長と連名でWBCへ「試合の無効と再戦」を正式に訴えていく考えだという。現在40歳。残された時間が少ないことを自覚している。
(文責・山本智行/スポーツライター)

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