モンスターの遺伝子を持つ井上浩樹が「手首まで入った。えぐい」戦慄のボディブローで“ロシアからの刺客”に3回KO勝利で約1年ぶりの再起戦を飾る

 プロボクシングの元WBOアジアパシフィック、日本スーパーライト級王者の井上浩樹(32、大橋)が3月31日、後楽園ホールの67キロ契約8回戦でミハイル・レスニコフ(29、ロシア/ベトナム)と対戦して3回3分4秒KO勝利した。井上はスーパーバンタム級の4団体統一王者、井上尚弥(31)と弟の前WBAバンタム級王者、拓真(29、ともに大橋)のいとこ。今回は、約1年ぶりの再起リングだったがインパクト十分のKO劇で再起を飾った。

 「楽しくできた。ボクシング最高」

 スタートは最悪だった。
 プレスもかけず手も出ない。
「警戒しすぎた。相手のスピードは遅かったが、遅いなりに右がぶれたときに、左がくるんじゃなかと。くるんじゃないか、と。8ラウンドあるし、疲れてくるんじゃないかと、見てしまった」
 右のジャブでガードを叩くが、腕っぷしが強いロシア人の腕が下がらず堅かった。なおさら警戒心が深まった。
 リングサイドの最前列では、いとこのモンスター、井上尚弥、拓真、そして2人の父でトレーナーの真吾氏が陣取っていた。
 3ラウンドが始まるインターバル。真吾トレーナーの声が耳に入った。
「上を見せて下だぞ」
 井上はステップ、リズム、入り方を変えてプレスをかける。
終了間際に右のフックで、態勢を崩させて、巻き込んだところに左のボディブロー。くの字に腰を折って両膝、両手をついたロシア人は、悶絶のあまり、赤ちゃんのようにキャンバスをハイハイしたが、ついに立つことができず10カウントを聞いた。
「狙い通り。最後えぐいくらい、手首まではいったんじゃないか。これはやばい」
 それほど強烈な感触を残した戦慄のボディブロー。
 レスニコフが悶絶したのも当然か。
 引退したWBOアジアパシフィック・ライト級王者、保田克也の直伝のボディブロー。しかもウエルター級に階級を上げたことで、グローブが8オンスから10オンスとなり、「グローブに体重が乗る感じがする」という。
  ボデイ攻撃は、ロンドン五輪代表の鈴木康弘トレーナーが「入り際を狙おう」と指示していたパンチだった。前日計量で鈴木トレーナーは、レスニコフの「たるんだ腹」を見逃さなかった。
 実は、左拳にアクシデントが発生していた。試合数日前に痛めて右手1本だけ練習する日が続いたという。自分がメインの興行を中止するわけにはいかない。この日は、直前に痛み止めの注射を打って挑んだ。比較的、拳にダメージの少ないボディで試合を終わらせることができたのもラッキーだった。
 昨年2月に当時WBOアジアパシフィックスーパーライト級王者だった井上はOPBF東洋太平洋スーパーライト級王者の永田大士(三迫)との2冠統一戦に挑んだが、0-2判定で敗れ、控室で涙を流し「僕は正直、ここまで。悔いはない。やりきった」と引退をほのめかした。だが、一晩寝て心変わりして再起を決意していた。「負けたら引退しなきゃいけないんかなという気持ちだったので終わって引退を口にしたけれど、前回よりもいい試合だった。(永田選手との)距離も縮まった。がんばったのに何を辞める必要があるのか」

 

 

 引退を口にしたのはそれが2度目。2020年7月に永田に7回負傷TKO負けを喫して引退を発表した。そこから再起してその再戦は4年越しのリベンジマッチだった。
 負けを知り最強の遺伝子を持つ男は強くなった。
 2度目の再起勝利の味はどうだったのか?
「練習も楽しかった。試合も楽しかった。ないこともないが減量がないの最高。ボクシングも最高です」
 いい笑顔だった。
 通常体重が74キロはある井上はリミットが63.50キロのスーパーライト級時代は10キロを超える減量に苦しんだ。今回はウエルター級の66.68キロに近い67キロ契約。「ここからあと3.5キロというところでそれがないのはほんと最高」という。ただ「減量がなくなって元気に使えるステップを1、2ラウンドに使えなかったのが反省点」とも付け加えた。
 大橋秀行会長も「いいノックアウトだった」と評価した。
「1、2ラウンドを見たとき、8ラウンドまでいって、ちょっとの差で勝つんじゃないかなと一瞬、思った。ロシアの選手はクセものが多いし、それもありかなと。でも入り際にいいボディアッパーを打った。つめも良かった、相手は這いつくばったからね。10オンスのグローブも合っている」
 これからはその10オンスのグローブを使用するウエルター級が主戦場となる。この階級には、「日本で最初のウエルター級世界王者になる男」と必ず会見で挨拶する佐々木尽(八王子中屋)が君臨している。佐々木は米国へ渡りターゲットとするWBO世界同級王者、ブライアン・ノーマンJr.(米国)の防衛戦を観戦して、ノーマンが、防衛に成功すると直接「挑戦状」を叩きつけている。
 だが、井上は「今日の内容じゃ恐れ多い」と佐々木について多くを語らなかった。
 今後のモチベーションは?と聞くと「みんなが楽しく暮らすこと」と返して囲みメディアの笑いを誘った。
 彼が言う「みんな」とは、井上ファミリーのことだ。
 リング上では「いいバトンを渡すことができた」と口にしている。
 渡した相手は井上尚弥。尚弥は5月4日に米ラスベガスの“聖地”T―モバイルアリーナのメインでWBA2位の「地獄のパンチを持つ男」ラモン・カルデナス(米国)との防衛戦が控えている。
「尚弥さんたちが試合に挑めるようにサポートするのがモチベーションですね」
 これまでも海外遠征では、井上と拓真が、現地での“パシリ役”まで買って出て公私のすべてをサポートしてきた。
 だが、口にしなかった本音はある。ボクサーとして、そして井上ファミリーの一員としての矜持を失わないファイトでの勝利だろう。

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