ストップは早い?正当?「判断は“クソっ”と思った」井上尚弥からダウン奪うも8回TKO負けのカルデナスがレフェリー裁定に“モノ言い”…フルトンも異論で米SNSで物議を醸す

 プロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(32、大橋)が4日(日本時間5日)、米ラスベガスのT-モバイルアリーナでWBA同級1位のラモン・カルデナス(29、米国)を8回45秒TKOで下して防衛に成功した。2回に左フックを浴びてダウンを奪われる大ピンチがあったが、7回にダウンを奪い返して、8回に猛ラッシュを仕掛けるとレフェリーがストップした。だが、この判断についてカルデナスも「大丈夫と言った」「クソっと思った」と“モノ言い”をつけるなど、米SNSでは物議を醸した。

 2回に左フックでまさかのダウン

 モンスターのT―モバイルアリーナでの防衛戦はまさかの展開となった。2回に井上が放った左フックをダッキングで外したカルデナスが返した左フックのカウンターをもろに顔面に浴びてダウンを喫したのだ。
「(ダメージは)足には来ていなかった」という井上はセコンドに右手をあげて「大丈夫」と合図を送り、カウント7まで待って立ち上がった。
「非常に驚きましたけど、冷静に組み立て直すことができた」
 そこからの修正能力の高さがパウンド・フォー・パウンドの凄さだ。
 3回からジャブから組み立て直した井上は、徐々にペースを奪い返して、6回には、怒涛の連打を浴びせて、ロープに釘づけにし、7回には、ついにダウンを奪い返す。ガードの上から右のストレート、右のボディで、ロープの二段目に腰が落ちかけるほど追い詰めて、右のストレートだけを長短織り交ぜて4連打すると、ついにカルデナスはコーナーからずり落ちるかのようにしゃがみこんだのだ。
 そして問題のストップシーンが8回に訪れた。
 距離を詰めてからのコンビネーションブローでロープへ吹っ飛ばすと、炎の連打を浴びせる。カルデナスはぐらつき動きが止まった。右アッパーが入り、猛ラッシュを続けたところでレフェリーが間に入ってTKOを宣告したのである。
 井上はコーナーに足をかけて胸を叩き、総立ちのファンの声援に応えた。
 だが、カルデナスは必死にレフェリーに何かを訴えていた。
 試合後の公式会見でカルデナスがそのやりとりの中身を明かす。
「レフェリーが止めた時、私は『大丈夫、大丈夫』と言ったんだ」
 すると、レフェリーは「私は、君自身を救わないといけないんだ」とストップの理由を説明したという。
「私はクソっと思った。がっかりした。それが現実だ」
 カルデナスの戦術は徹底して井上の打ち終わりにフックを振り回すカウンター戦法だった。ガードをかためて、嵐を過ぎ去るのを待ち、一発を狙う。
「私は彼の打ち終わりを狙っていた。彼のガードが下がるのがわかっていたんだ。そのゲームプランはうまくいっていたんだ」
 実際、井上も最後までそのカウンターを警戒していた。
「彼は映像で見たより2、3倍強かった。ズレを修正して3ラウンドからはパンチをもらわないようにした。すごいいい選手で、勇敢に打ち合ってくれたので、白熱したエキサイティングな試合ができた」
 カルデナスにしてみれば、防戦一方になりながらも、その最後の一発逆転のチャンスを虎視眈々と狙っていたのである。

 

カルデナスはこう続けた。
「なぜ審判がそんな判断をしたかについて議論するつもりはない。これがボクシング。彼には私には見えなかった何が見えたのでしょう」と皮肉を交えてレフェリーの裁定を受け入れた。そして会見場に残って井上の会見に同席した勇気のある挑戦者は、「井上はパウンド・フォー・パウンドの最高の素晴らしいファイターだった」と、勝者に最大級のリスペクトの言葉を送った。
 だが、このレフェリーの判断は物議を醸すことになった。
 異論を唱えたのは、2023年7月にスーパーバンタム級に転級してきた井上に8回TKO負けを喫してWBC&WBOの世界ベルトを失ったスティーブン・フルトン(米国)だ。彼は、その後、フェザー級に上げて再起し、WBC世界フェザー級王者に返り咲いている。
「ストップは予想していたが、シンプルに少し早すぎた」
 フルトンは、自身のXにそう投稿した。
「私は何度も彼(井上)を称賛してきた」とした上で「批判する人がいるかもしれないが、あのストップは少し早すぎたと思う」と繰り返し「全体的には素晴らしい試合だった」と激闘となった試合内容を評価した。
 SNSでは、このフルトンのXにリポストする形で、ストップが早すぎたのか、それとも正当だったのか、の賛否が飛び交った。
「変なタイミングだった」「カルデナスは一発カウンターを狙っていたのでまずいタイミングだった」「審判は最初から100%止めようとしていた」と、フルトンの意見に同意し、レフェリーの判断を批判する声もあった。
 だが、その一方で「もう完全に足にきていた。正当な判断」という意見も多く、「早すぎたわけじゃない。前のラウンドでコーナーバック(インスペクター)が、『前に出てくるのが見られないなら止める』と言っていた。だから、(止めるのは)審判か、コーナーバックのどちらか、だったんだ」という専門家のような意見もあった。また「井上は多額の収益を生み出している。将来の計画もあるので、長引かせるわけにはいかない。審判がきちんと対応してくれた」という深読みしたような声まであった。
 結論で言うと、7回にしゃがみこんだカルデナスはボディも効かされ、かなりのダメージが蓄積していた。遅かれ早かれダウンシーンはやってきただろう。ジャッジのスコアカードは、3人とも、ダウンを喫した2回以外は、すべて井上を支持していた。カルデナスは、一発逆転しかなかったわけだが、どこかで井上のクリーンヒットを一発もらうと、今後の選手生命にもかかわる危険なダメージを負う可能性もなかったわけではない。レフェリーの判断は正当だろう。

 

 井上はリング上で「みなさん、この試合を見ていただき、殴り合いが好きだと証明できたと思います。凄く楽しかったです」と言い、「非常にタフな相手でした。オッズ的には、かなりの差があったが、相手は必死に倒しにきていた。ボクシングは甘くないと痛感しました」と反省をも口にしていた。
 ただカルデナスの大善戦で、リング誌が「年間最高試合候補」とするほどの名勝負となったのも事実。メキシコの記念日「シンコデ・デ・マヨ」のウィークに開催されたビッグマッチは、問題児のライアン・ガルシア(米国)がダウンを奪われ判定負けを喫して、スーパーミドル級の4団体統一王者に返り咲いたサウル”カネロ”アルバレス(メキシコ)もブーイングが起きる精彩を欠いた判定勝利で、井上曰く「しょっばい試合」が続いていた中で、井上が最後にベストの試合を演出した。
「昨日と一昨日と試合の賛否がありますが、僕が一番盛り上げることができたのではないかと思います」と自画自賛。フルトンも「この興行は今週のどの試合よりも良かったね」と評価した。
 次戦は、9月14日の日本でのWBA世界同級暫定王者、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との対戦となる。

元記事を読む