WBO王者の武居由樹が5.28V2戦を前に那須川天心を「今は正直どうでもいい」と無視した理由とは…「めちゃくちゃにする」の決意

プロボクシングのWBO世界バンタム級王者の武居由樹(28、大橋)が14日、横浜市内の大橋ジムで28日に横浜BUNTAIで対戦する同級8位のユッタポン・トンデイ(31、タイ)とのV2戦へ向けた練習を公開した。大橋秀行会長(60)の「野性味を取り戻せ」の指令に「めちゃくちゃにする」と返答。6月8日に世界前哨戦を戦う那須川天心(26、帝拳)とのビッグマッチが期待されているが「今は正直どうでもいい」と、怪我で延期することになった今回の防衛戦にかける思いを伝えた。

試合延期の原因となった右肩も完治

 公開練習では元3階級制覇王者、八重樫トレーナーとのミット打ちで思い切り右フックを振った。その直後、「どうだ!」とばかり、その右腕を掲げた。昨年12月に右肩関節唇損傷で、全治4週間と診断され、当初1月24日に予定されていたV2戦が3か月延期となっていた。
「コンディションは最高にいい。慣れて打てるようになり4月くらいから右への怖さはなくなかった。怪我も完璧に治りました。いろんな人やユッタポン選手にも迷惑をかけて辛い時期もありましたが、気持ちも切り替えた。メインらしくばっちし倒したい」
 4月からジムの岡聖、アマチュアの全日本王者の溝口勢十朗らとの本格スパーリングを再開しており、公開練習では怪我の完治もアピールした。
 大橋会長は厳しいミッションを発令した。
「2試合連続で判定で野性味がちょっとなくなっている状況。それを次戦で見せるのが一番だね。相手はアマ時代に(ロベイシ・)ラミレスに勝ったりうまさもある。離れて戦ってダメだと思ったら、くっついてぐちゃぐちゃにいって倒す。そういうパターンに期待している。それが武居の持ち味だし、お客さんもそれを見たいし、それが出せる相手」
 初挑戦でWBOのベルトを奪取した昨年5月6日のジェイソン・モロニー(豪州)戦、続けて9月の比嘉大吾(志成)戦と、対戦相手のレベルが高いこともあって、いずれも激闘となり判定勝利が続いた。キックのK-1王者からボクシングに転向して8戦すべてにKO勝利してきたが、武居の剛腕は、世界戦に入ってからピタっとストップしてしまっていた。大橋会長の指令を受けた武居も、「めちゃくちゃにしようと思っています」とアンサーを返した。
「周りの空気的にもKOで勝たねばならないと感じています。たくさん練習した左でも倒したいし、復活した意味で右でも倒したい。相手の映像は、最初にぱっと見て、あとは試合直前に見ます。ある程度のイメージはできています。あとは八重樫さんの作戦に任せます」
 対戦相手のユッタポン・トンディは、15戦(9KO)無敗のボクサーファイター。アマチュア経験が豊富で、アジア大会で金メダルも獲得、大橋会長が名前を出した前WBO世界フェザー級王者で、五輪で2大会連続の金メダルを獲得しているロベイシ・ラミレス(キューバ)に勝ったこともある。タイ人らしくアップライトに構え、ガードを固めてのジャブからの正統派ボクシングも、接近戦でアッパーやボディを振り回すラフなファイトもできる。ただ身長は1m60と上背が低く、バンタム級では長身の部類の武居とは4センチ以上の差がある。

 参謀の八重樫トレーナーは作戦の一端を明かす。
「リーチ、身長差、距離感が違う。もともと武居はキックの(遠い)距離感で戦う選手なので、そういう戦いはしていくつもり。得意の遠い距離のタイミングで倒せたらいい。強いパンチを当てて倒しにいく。どんなタイミングで斬り込んでいくか。そういう展開になる」
 ただタイ人特有のスタイルへの警戒心もある。
「体が柔らかく、まともにパンチを食わない。タイ人は死んだふりもしてくる。自分のペースにするのがうまい。気にせず、それに付き合わず、自分勝手にやること。振り回せばいい」
 キック時代も武居はタイの選手との対戦経験があるが「のらりくらりとやられて」倒せず判定決着になったという苦い経験がある。
 この間、刺激をもらったビッグマッチがあった。
「できればいきたかった」という米ラスベガスで井上尚弥が2回にダウンを奪われる大ピンチを克服して8回に逆転TKO勝利した。武居はライブ配信で視聴したという。
「尚弥さんがダウンしてしまったのにはビックリした。でもそこから逆転して倒しきるのは、すげえと思った」
 改めてモンスターの凄さを実感した。
 だが、あのラスベガスのT―モバイルアリーナのリングに立ちたいという気持ちはない。
「海外でやりたいってあまりない。すみません。生意気言って。なんでだろう。日本でやった方がコンディションもいいし、アメリカでやってみたいとは思わない。現実主義?そうですね」
 日本で戦うべき相手がいるからだ。
 すでに次戦は決まっている。1位のクリスチャン・メディナ(メキシコ)との指名試合。IBF挑戦者決定戦で、現同級王者の西田凌佑(六島)に判定で敗れているが、那須川天心のスパーリングパートナーを2度務めてメキメキと実力がつけ、昨年11月には、WBOラテン同級王者にもなっている難敵。9月14日に名古屋で井上尚弥が、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)と防衛戦を戦うが、大橋会長は「何もなければ」そのセミファイナルにこの指名試合をマッチメイクする考え。

 そして今回のV2、その9月のV3を乗り越えた向こう側に待望の天心戦の可能性が生まれる。天心は6月8日に有明コロシアムでWBA同級6位のビクトル・サンティリャン(メキシコ)と世界前哨戦を戦い、そのメインで2つのベルトをかけて対戦するWBC世界同級王者、中谷潤人(M.T)と、IBF同級王者、西田の勝者が返上すると見られる世界王座の決定戦にターゲットを定めている。
 来年に武居がベルトを保持して天心が世界王者になっていれば、2団体統一戦という形でこのビッグマッチが成立する。
 大橋会長も「もちろん。望まれる試合をやるのが今のボクシングの新しい流れ」と、その構想を推し進めていきたい方針を示した。
 だが、武居の眼中に天心の名前はなかった。
「先のことは全然考えていない。天心選手、堤選手とかは正直どうでもいい」
 SNSでラブコールを送ってきたWBA王者の堤聖也(角海老宝石)も同じだ。しかも、堤は目の手術を行い休養王者となるため、そもそも可能性は薄れた。
 それほどこの再起戦に集中している。
 会場は、横浜文化体育館が建て替えられモダンになった横浜BUNTAI。花形進氏が、世界タイトルを奪取するなど、数々のボクシングの名勝負が繰り広げられ“文体”の愛称で親しまれた体育館が、BUNTAIと名を変えた記念すべきボクシングのこけら落としでもある。大橋会長が、初めてボクシングを見たのが1979年7月11日の横浜文化体育館だった。堀畑道弘が日本スーパーウエルター級王者の柴田賢治に挑み10回KO勝利した番狂わせの劇的な試合。「今でも覚えている」という。 
 大橋ジムが初めて興行に参加したのもここで、八重樫のデビュー戦、ジム初の世界王者であるWBC世界スーパーフライ級王者、川嶋勝重の初防衛戦、井上尚弥のWBO世界スーパーフライ級王者時代の7度目の防衛戦も“旧文体”だった。
「自分がこの横浜を盛り上げるつもり」との決意が武居にもある。
 今回の試合に向けて作ったTシャツは、「ビンテージ風」と注文した昔のアメカジのような洒落たデザイン。ワールドチャンピオンの文字の下で、武居と八重樫がまるで対戦するかのように向いあっている。バックには地球。武居と八重樫のコンビが目指すのは真の世界王者である。

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