“なりすまし記者”井上尚弥が乱入して聞き出した「武居由樹vs那須川天心」のビッグマッチの実現可能性とは?
05/30 06:37
プロボクシングのWBO世界バンタム級王者の武居由樹(28、大橋)が29日、横浜の大橋ジムで一夜明け会見を行った。武居は28日に同級7位のユッタポン・トンデイ(31、タイ)から1回に3度のダウンを奪い、127秒TKO勝ちでV2に成功していた。会見にはたまたま練習時間が重なったスーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(32、大橋)が乱入して指名試合の次に戦いたい相手を質問。武居は6月8日に有明コロシアムで世界前哨戦を控える那須川天心(26、帝拳)の名前をあげた。武居は9月14日に名古屋でWBO同級1位クリスチャン・メディナ・ヒメネス(25、メキシコ)と指名試合で対戦する予定だ。
「すみません。そこまで考えていなかったです」
記者団のうしろから“モンスター”がひょっこりと顔を出した。
「次は誰と戦いたいですか?」
衝撃の127秒TKOでV2に成功した武居の一夜明け会見がそろそろ終わりに差しかかろうとしている時だった。5月4日に米ラスベガスでのラモン・カルデナス(米国)との防衛戦を終えた井上はすでに9月14日に名古屋「IGアリーナ」で予定されているWBA世界同級暫定王者、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との王座統一戦に向けて始動していて、たまたま練習時間と会見が重なった。バンテージを巻きながら何かをたくらんでいたモンスターが機を見て、武居への祝福を兼ねて乱入したのである。
驚いた武居は「て、て、天心選手です」と即答した。
「それであっていますか?」
武居が井上にそう聞くと「ちょっと違います」と返ってきて「え?」と絶句した。
大橋秀行会長が「(井上が求めている)答えは誰?」と突っ込むと、逆に4団体統一王者は、困った笑みを浮かべ「すみません。そこまで考えていなかったです」と答えて記者団の爆笑を誘った。
なりすましの“モンスター記者”が去った後、「今の答えは本心ですか」の質問が武居に投げかけられた。
「まあ、誰でもいいです…押忍」
武居ははぐらかし大橋会長に「面倒くさいときは必ず押忍だな」と突っ込まれて。また「押忍」と返した。
井上が乱入する前にこの話題が会見のひとつの焦点となっていた。
武居は、前夜の横浜BUNTAIのリング上で「もう1本ベルトが欲しい」と宣言した。次戦は、メディナとの指名試合が決まっている。もう1本は、その次の話。武居は、なぜ統一戦を求めるようになったかを説明した。
「6月に統一戦もある。それ(ニュース)を見たり聞いたりして刺激になった。堤選手がXで自分の名前を出してくれたりもして、もう1本欲しいなと」
現在バンタム級の世界王者は日本人が独占している。6月8日に有明コロシアムでWBC世界バンタム級王者の中谷潤人(M.T)とIBF世界同級王者の西田凌佑(六島)が統一戦を行い、目の手術でWBAの休養王者となった堤聖也(角海老宝石)は武居に統一戦を呼び掛け、前日の世界戦ではリングサイドから見守り「僕も武居選手も、やんないといけない試合があるから(互いに)それを怪我もせずにちゃんとクリアすれば、いいタイミングでできるんじゃないか。楽しい感じになってきた」と改めて対戦ラブコールを送っていた。
動き出したバンタム級戦線が武居のモチベーションをくすぐったのである。
では、武居が求める「もう1本のベルト」は誰なのか。前日の試合後会見で武居は天心の名前はあえて出さずに「天心?彼はまだチャンピオンじゃないので。別にいいかな。まあ(世界獲りを)応援しています」と上から目線で突き放した。
だが、井上の的を射た質問は、武居の本音を引き出した。その舵取りをする大橋会長は、堤の対戦要求に「いつでもやってやる」「中谷はやめとこ」としてからこう続けた。
「オレは天心だね。ファン目線でね」
これが本音だろう。
武居も「ファンの声は大事にしたい。この選手(との対戦)を見たい。それに応じたい」と同調した。
「天心にメッセージは特にないが、試合は普通にファンとして見に行きたい」
6月8日の中谷ー西田戦のアンダーカードで、天心はWBA同級6位のビクトル・サンティリャン(ドミニカ共和国)と世界前哨戦を戦う。武居は有明を観戦に訪れることを約束した。天心は中谷と西田のどちらが勝っても返上すると見られるWBCのベルトの王座決定戦に照準を絞っていると考えられている。時期は11月。そのサンティリャンは、武居と同じサウスポー。天心は前戦では武居がベルトを奪ったジェイソン・モロニー(豪州)に判定勝利しており、両陣営の思惑も含めて武居ー天心戦に向けての物語がスタートしているのは間違いない。
また堤のラブコールに応えられない事情もある。堤の休養王者に伴って暫定じから正規王者となったアントニオ・バルガス(米国)と前戦で堤と引き分けた比嘉大吾(志成)の世界戦が7月に横浜で予定されており、堤はその勝者と王座統一戦を戦わねばならない。さらにその勝者との世界戦のオプションを大橋陣営が握っていて、前王者の井上拓真に王座奪回チャンスを与えたいとの構想があるのだ。
武居が指名試合をクリアし、天心が世界前哨戦に勝ち、WBCのベルトを手にすることが条件で、武居ー天心が実現するのは早くても来春。ちょうど5月に東京ドームで井上と中谷のスーパーマッチが計画されているが、そこには組み込まれず、別立てのビッグイベントとして計画されるという。
武居が前夜に眠ったのは午前4時。厳しい判定勝利が続いたモロニー戦、比嘉戦の映像を見返したことはなかったが、昨夜は「5、6回…10回ほど」見直したという。
昨年12月に全治4週間の「右肩関節唇損傷」の怪我を負い、1月24日に予定されていたV2戦が延期となった。3か月以上の期間を空けたが、大橋会長は「不安はあった」という。八重樫東トレーナーも「段階を経て徐々に動かしてスパーの再開が(試合から逆算して)ギリギリだった。予想より時間がかかり、実戦が乏しかったのが不安要素だった」と明かす。
スパーが再開できたのが4月上旬。武居も「結構焦っていたかも」と振り返った。
そのピンチを乗り越えて、過去にダウン経験のない15戦無敗の元ムエタイのラジャダムナン王者に、1ラウンドで3度もダウンを奪って圧勝した。天心とのスーパーマッチへの気運を武居がその左拳で高めたことは間違いない。
この試合までは、バンタム級の4人の王者の中での序列は最下位だった。米老舗「リング誌」が定めているバンタム級のランキングでは1位中谷、2位西田、3位堤で、4位が武居。今回の劇的勝利によって予想される変動を前に武居は、「下の方がいい。そこから上がっていくほうが燃える。チャレンジャーなんで」と“下剋上”のスタートを宣言した。
重要なのは次戦の指名試合だ。メディナは、28戦24勝(17KO)4敗のボクサーファイター。2023年8月に大阪で行われたIBFの挑戦者決定戦で西田に0-3判定で敗れたが、その後、再起すると、すべてKOで3連勝中で昨年11月には、無敗のホープのアレクシス・モリナ・アギーレ(メキシコ)をボコボコにして5ラウンドTKO勝利でWBOラテンバンタム級王座を獲得している。天心のスパーリングパートナーとして複数回来日しているが、「来る度に成長している」との評判のファイターで、最強の挑戦者と言っていい。
「西田選手とやったことくらいしか知らない。試合も見たことがない。これから切り替えてすぐに次の準備はしていきたい」
1ラウンドTKO勝利で課題を持ちにくいが、武居は「ストレート系をもう少し打てるようになりたい。これまで左は、ボディでしか倒せていなかった。左フックで倒せたのは、いい勉強、いい機会になったのでストレート系、左アッパーを覚えられれば」と、さらに強くなるために貪欲だ。八重樫トレーナーも「一番の魅力である強いパンチを当てる技術をもっととがらせたい」と言う。
「指名試合で、ああいう勝ち方ができればもっともっとアピールになる」
武居は群雄割拠のバンタム級戦線の主役に躍り出る決意だ。