なぜ亀田京之介は元3階級制覇の“問題児”カシメロに3-0判定勝利の“番狂わせ”を演じたのか…井上尚弥のアフマダリエフ戦を見習った「倒しにいかない」戦略が的中

 プロボクシングの「SAIKOU×LUSH」が25日、キルギスで行われ、58キロ契約のノンタイトル10回戦で、世界ランキングに入っていない日本フェザー級7位で、亀田3兄弟のいとこ、亀田京之介(27、MR)が、元世界3階級制覇王者のジョンリエル・カシメロ(36、フィリピン)を3-0判定で下す大金星をあげた。次戦は、来年2月19日に「フェニックスバトル」の1000万円争奪スーパーフェザー級トーナメント1回戦で前WBOアジア・パシフィック・スーパーフェザー級王者の渡邊海(22、ライオンズ)と対戦するが、シードされた優勝候補の元WBO同&日本フェザー級王者の松本圭佑(26、大橋)を「体重オーバーでシードはおかしい。決勝でボコボコにしてやる」と挑発した。

 

亀田は足を使ってカシメロを空回りさせてカウンターをヒットさせる

 

 キルギスの地のリングで最後までダンスを続けた。
「30秒で終わらせる」の宣言通りに、カシメロは開始直後からフックをブンブン振り回して突進してきたが、亀田はガードを固め、ステップワークを左右に使い、被弾を避け、空回りさせた。
「パンチはあったし、一発もらったら危ないとは感じていた。でも想定内。一発だけを狙ってくるのはわかっていたしパンチは見えていた」
 身長で13センチ差ある体格差を生かして防御を徹底しながらも、スキをついてジャブを突き、打ち終わりに左フック、右ストレートのカウンターを狙う。一発を狙いすぎたカシメロの手数が逆に減ってくる。
 フィリピンの問題児は左ジャブで距離を測り的を絞ってから、右をぶん回してくるが、ワンパターンだから亀田は見切っていた。
 5ラウンドからは、さらに激しく左右に足を使って、カシメロを右往左往させてスタミナを奪っていく。絶対に打ち合いには応じない。
 今年9月にTMKから移籍した小学校時代に通っていたMRジムの野口会長からは「集中しろ」「足止めるな」の声が飛ぶ。
 6ラウンドには右のフックを空振りさせたところに強烈な左フックをクリーンヒット。思わず元三階級制覇王者がぐらついた。
「後半から展開が変わると思ったが、案外変わらなかったのでそのままいった」
 9ラウンドには、自分のアゴをグローブで触って「ここへ打って来い!」と挑発。カシメロが力むと、そこにジャプ3連発をお見舞いした。カシメロは右目の上をカットした。
 カシメロは、昨年10月の横浜でのサウル・サンチェス(米国)とのスーパーバンタム級10回戦で600グラムの体重超過。当日体重に制限をつけて試合は敢行され、1回TKO勝利したが、JBCからは1年間の招聘禁止のペナルティを科せられた。1年のブランクに加え、世界ランキングにも入っていない格下の亀田を完全に舐めていた。案の定、亀田に振り回されてスタミナ切れ。最終ラウンドに右のフックを一発ヒットさせたが、もう逆転KOするパワーは残っていなかった。
 判定は「98-92」が2人、「97―93」が一人の3-0完勝。亀田の右手があげられると、カシメロは暗い顔をしてきびすをかえし、亀田に健闘を讃えられても反応することもなかった。
「判定やったけど、今回のテーマは倒しにいかんことやった。倒しにいかんことがこんな難しいんやなあと思いましたね」
 新型コロナウィルスの蔓延で流れたが、5年前に一度は、井上尚弥との対戦も決定していたビッグネームのカシメロをほぼ完璧な内容で下す大金星をあげたというのに亀田は、それほど喜びを爆発させることもなかった。
 ライブ配信した「ABEMA」が、日本のスタジオにいた、いとこの亀田大毅氏とつなぐと「大毅見てるか?勝ったぞ!」とようやく声を弾ませた。

 

 実は9月19日に都内のABEMAのスタジオでカシメロと同席して行われたカード発表の記者会見であえてウソをついていた。
「1ラウンドから打ち合おうや」と挑発し、カシメロが「1ラウンド30秒で終わらせる」と“秒殺”を宣告すると、「終わらせろよ?逃げんなよ。こっちも1ラウンドKO決着」とやり返したが、これはすべて演技で作戦だった。その数分後の控室で京之介はこう明かしていた。
「打ち合うって言ったけどやりませんよ。足を使って足を最後まで止めない。KOでなく判定でいい。過去の映像を見ると足を使われている選手には手も出ていない。一発だけに気をつけておけばフルマークで勝てる。一発をもらうとイラっとして打ち合ってしまうかもしれないが、気をつけるのはそこだけ」
 あえて挑発をして、カシメロを前に出てこさせて、空回りにさせる戦略をこの時点でスタートさせていたのである。
 そしてこう続けた。
「井上チャンピオンがアフマダリエフ戦でやった、あのボクシングですよ」
 参考にしたのは、スーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(大橋)が9月14日に名古屋でのムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)戦で、勝ちに徹した技術戦を仕掛けて3-0判定勝利したスタイルだった。井上は、終始「倒したくても倒さない」とブレーキをかけていた。
 亀田も、この日、インターバルの度に、セコンドから「いくな。これでいいから」と釘をさされて、強引にいかず、足を使いカウンターだけに集中する勝ちに徹したボクシングを10ラウンド貫いた。
 これまで亀田は、SNSなどで井上に対してリスペクトに欠く批判的なコメントを発して、時にはSNSを炎上させもした。
 元2階級制覇王者のルイス・ネリ(メキシコ)、12月27日に井上とサウジアラビアで対戦するWBC世界スーパーバンタム級1位のアラン・ピカソ(メキシコ)に連敗。SNSでバッシングを浴びて「ここで負けているようじゃ世界なんか取られへんと病んだ」というほど落ち込み、引退さえ考えた。その挫折を経て亀田の考え方は変わった。
 5月に結婚し6月に長男の虎之介君が誕生したことも、亀田のボクシング人生にとって大きなエポックとなった。

 

「今までの自分を振り返ると何してたんやって思いますよ。ちょっとボクシングを舐めていたというか…井上尚弥チャンピオンへの発言もそうですしね。今になってみれば言わんで良かったんとちゃうかなということを言っていました。井上チャンピオンはリスペクトしていますよ。むちゃくちゃ強いじゃないですか。憧れではないですけど、井上チャンピオンを超えるつもりで今もやっています」
 その気持ちの持ちようの変化が格上のカシメロを破る大金星をあげることになった一番の理由なのかもしれない。
 カシメロに勝てば、次にいとこの元2階級制覇王者、亀田和毅(TMK)との“禁断対決”にターゲットを絞っていた。だが、「なんか記事を見たけど、俺とやらんと言っているので」と方向転換。
 大橋秀行会長が企画した「フェニックスバトル」での1000万円争奪スーパーフェザー級トーナメントへの参戦を決断し、来年2月19日に1回戦で渡邊海と対戦することが発表されている。
 渡邊は、壮絶な倒し合いとなった7月の前戦で齋藤麗王(帝拳)に3回TKO負けを喫しているが、階級がひとつ上になることや、今日のカシメロの出来と比較すれば、3階級制覇王者よりも遥かに強敵のまたしても格上の相手。だが、亀田の眼中に渡邊はないという。
「次は渡邊海だけど、そんなとこを見ていない。松本しか見ていない」
 松本とは優勝候補でシードされた元WBOアジアパシフィック&日本フェザー級王者のミライモンスターだ。
「なんで体重オーバーでシードやねん。おかしい話やん。いち(1回戦)からやったらええのにヘタレやから、そんなことばっかりやっている。あいつ優勝候補やから上がってくるでしょう。決勝までいってそこでボコボコにしますよ」
 松本は3月の日本フェザー級1位の大久祐哉(金子)と防衛戦を行う予定だったが、減量に失敗して病院に運ばれて前日計量をキャンセル。1年間のライセンス停止処分を下された。
 その後、心機一転、父で専属トレーナーだった元OPBF東洋太平洋&日本同級王者だった松本好二トレーナーの元を離れて、志成ジムの野木丈司トレーナーに師事、米国ロスで合宿を張るなど環境を変えて再起に備えている。だが、亀田は、いつものビッグマウスを復活させて、そのミライモンスターを倒すことを宣言した。
 決勝まで渡邉も含めて、3試合をクリアしなければならないが、亀田は、大物のカシメロを破った金星に自信を取り戻したのだろう。
「休んでいる暇はない。帰ってすぐ練習して優勝しようかなと。判定で勝つことができたが、反省点がいっぱいなんで、また帰って頑張ります」
 この殊勝さを忘れさえしなければ亀田が11月から始まるスーパーフェザー級トーナメントの台風の目になるのかもしれない。

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